07/02/05
破産事件の現状5(誰のための破産制度か?3)破産法3
前回のコラム冒頭に書いたように、今では財産的価値のあるもの(知財など目に見えないものすら、担保になれる時代です。)すべてが担保になり債権者に掴取されているのです。
担保のある債権は優先債権と言って、一般配当から除外されますがその分担保物件(知財その他の債権担保も含みます)の処分益からは優先的に配当を受けられるのです。
例えば自宅処分代金から先ず抵当権者に配当し、余ったお金だけが一般債権者の配当資金になるのです。
厳密にはその他の優先債権・・・例えば租税や賃金債権・家賃などの財団債権がありますので、これらを支払った後に一般配当が来るのですが、ここでは簡略化して書いています。
そして、バブル以降破産事件で不動産を売ったお金で抵当権者以外の一般債権者に配当できるような事例は、稀にしかないのです。
企業活動と言うものは、循環しているから何とかなっているものの、1度に払えと言われると歯車が停まってしまい、どうにもならなくなるものです。
機械類や工場設備は、帳簿価格では何億円でも、これを工場から搬出して売ろうとすればただみたいな値段しかつかないのが普通です。
例えば造船用の設備・ドックなども作るのには何億何十億円でしょうが、半分海水に浸かったドックを誰かに売れるものではないのです。
料理屋の固定冷蔵庫やカウンター等の設備も同じです。
ですから最近、企業整理では、破産よりも各種再生関連法が発達しているのです。
こうして、ここ10年以上破産事件では、殆ど配当らしい配当がない(あっても数%)のが普通ですから、債権者が自分で費用をかけて、申し立てる合理的なインセンチブがないのです。
但し消費者の集団被害では、正義の実現のために、破産申し立てすることがありますが、これは刑事的処罰制度の不備を補っている先駆的意義があるのであって、経済的満足は殆ど得られないのが普通です。
このようにして現在では債権者が破産申し立てするのは、せいぜい、相手を「破産者にしてやるぞ!という怨恨的発想でしかなく、合理的なものではないのですからこうした意趣返しみたいな感情を国家が助長するべきではありません。
経済的損害は、怨恨などに発展させず、経済的手続きに終始すべきでしょう。
まして債権者の殆どは、貸し金を業とするもの(銀行も含めて)ばかりですから、なおさらです。
救済すべき個人的債権者は、保証債務を負担してしまった人(身内が中心です)と、むしろ破産費用を出してやったりする援助者になっているのです。
この援助者は、破産実務では債権者として登場しません。
このうち保証債務者は、破産者に対しては債権者ですが一連の流れの中では、同じく金貸しの被害者または債務者にくくられるべきグループです。
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