07/29/04

電波法と表現の自由2(憲法87)「許可と認可の違い」

私は、限られた電波の利用について、その交通整理まで不要といってるのではありません。
電波の割り当ては必要でしょうから、交通整理の為の手続きまでは仕方ないでしょう。
また、安易な放送開始を認めると国民が混乱することもあるでしょうから、それ相応な設備、資金力などの要件も必要かもしれません。
大学や病院などの設置基準のように一定の水準を満たす必要があるのは否定しません。
しかし許可制というのは、放送が表現の自由に占める重要性から見て違憲性が強いと思うのです。
ここで許可と認可の違い説明しますと、認可というのは予め決められた準則に合致していれば自動的に認可しなければならないものを言います。
許可というのは一定の基準に達していても許可権者が許可するかどうかの裁量の余地がある場合をいいます。
免許制とは、そもそも国民には権利がないものであるが、お上の恩恵で、特に免許・お許しがあったときだけ認めてやるという、恩恵制度に基礎があります。
歴史を辿れば、基本的に、君主があらゆる権能を独占していて、順次臣下や、国民にご朱印状のようにお許しを与えて、行動を許可するのが普通でしたから、何をするにもご許可を戴くのが習慣的知恵でした。
名前をつけるのさえ、主君の許可を貰っていたし、他国への旅行(今でも司法修習生が外国旅行するには許可が要ります)、その他生活万般にわたって許可を貰って行動するものでした。
こうした経過があるから、信長の楽市楽座が画期的なこととして有名になっているわけです。
そう言う経過から見れば、職業選択の自由、居住移転、婚姻の自由その他なんでも自由になったはずの民主国家において、時代遅れの免許などがあるべきでないという考えの方が多いかと思います。
ところが今でも皆さんの身近なものでは、医師免許、自動車運転免許、酒類販売免許など結構残っているのです。
次回から民主国家における合理的な免許とは、どういうものか考えて行きましょう。




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