07/20/04

プロ球団は、規制業種か?(団交拒否と「たかが選手の分際論」)

消費者に喜んで貰うと言う「商」の原点から、遠く離れた考えの人材が出世し易いのは、独占・許可産業だからこそでしょう。
独占・許認可業種では、消費者よりも許認可官庁の顔色を窺い、同業者との規制内の競争が関心の中心になりがちです。
その典型的な例が過去の銀行業で、商品内容が画一でしたから、競争は、いかに出店数で他社を追い抜くかが中心で、そのための官僚接待が大きな仕事でした。
今回の近鉄買収合併騒動をとおして、日本には許認可にぶら下がってきた業種が(商売の実力よりもお上の覚え目出度いかどうかだけが、出世基準です)銀行や公団だけでなく、まだまだ無数にあることが分りますね。
その業種だけ体質が古いのなら自業自得ですが、許認可に関係ないプロ球団にまで天下りがのさばっていて、社会に害を成しているのですから、驚きです。
こうした事例は、社会の隅々まで、一杯あるのではないでしょうか?
天下りの弊害については、これまで何十回もコラムで書いていますので、「天下り」とサーチして参照してください。
商機に最も疎いはずの役人や銀行員が、天下って民間会社の社長になっているのと同じで、許認可に慣れ親しんで出世した経営者が天下っている事業では、ピラミッド型の秩序意識が強固です。
    「俺の知らない奴とは交渉しない」
とか、面会を求める選手会会長に対し
    「たかが選手の分際で・・・・」
と、威張ってられるでしょうが、国際競争・外の世界では通用しません。
ところで、「分際」については、06/09/03の2「臣民と国民との違い2(臣民分際論)」以下5〜6回のコラムで連載しました。
「臣民にあるのは分際のみであって権利はない」と言う論ですが、彼は、「たかが選手の分際で・・・」と面会拒否したのですから、(その後世間の批判に譲歩して、会いましたが最初の発言を問題にしているのです)分際論の意味はわかっていたようです。
しかし、時代が変わって国民には、分際のみあって権利のない時代ではないのです。 
戦後の労働者は、「分際のみ」ではなく基本的人権どころか労働3権をも有しているのです。
選手会が仮に労働組合だとすれば、正当な理由のない団交拒否は許されません。
もちろん「分際論」を振りかざしても、今の時代に正当理由とは認められません。
もしかして、その程度のことも分からないのかな?
いずれにせよ、戦後出来た労働法の「いろは」も知らないで、経営者をやって来られたということでしょうから、驚きです。
次回のコラムで、労働組合法を紹介しておきましょう。




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