07/16/04

近鉄球団合併・売却とマスコミの人材2(独占の弊害1)

彼らはオーナーと自称していますが、個人資金を拠出しているオーナーではなく、スポンサー企業の雇われ人ではないでしょうか?
もしそうだとすれば、彼らこそ、自分が本当はオーナーではないと言う「分際」をわきまえなければなりません。
私が問題にしたいのは、こうした時代の流れも分らず、自分の「分際」もわきまえない低レベルの人物が、マスコミで出世を極めて、その「上がり」としてオーナー?になっていることです。
野球は見なければいいのですが、マスコミが仲間内だけで通用する論理で運営され、腐った報道ばかりされているのでは、国民が迷惑です。
一軒しかない魚屋が腐った魚ばかり売っているよりも、たちが悪いですよ。
野球の場合はサッカーなどに逃げられますし、魚が腐ってれば肉屋にいけますが、マスコミがこぞって腐ってると、国民は逃げ場がないのです。
今回の騒動でもマスコミは、「Tシャツで会見するなんて・・・・」としきりに同業者をかばう報道です。
そう言えば、つい最近若手の弁護士と話しをしていたときに、「・・・裁判所で、ノーネクタイの弁護士がい.た。」「むかついた」とか「吐き気がした」とか言葉は忘れましたが、激しい言い方で非難するのです。
その理由は、「司法研修所で(紳士たるもの?)きちんとスーツを着用すべし」という教育を受けたと言うのです。
中国では、近代国家になるまでは、何千年に亘って、冠を着けるのにこだわっていたのと同じようです。
我国でも中国の真似をして、聖徳太子(実在した人物かかどうか議論がありますが、その点は別として)の冠位12階の制など、冠をかぶる制度が出来ました。
しかし国情に合わないので、次第に廃れて頭にチョコっとつける形式が鎌倉時代の武士などに残っていたのは、漫画などでご存知のとおりです。
明治以降西洋の風俗をあり難がって、軍隊どころか学生まで帽子をかぶるのが制度として取り入れられましたが、戦後は、軍隊や学生や警察、駅員、バス運転手なども、職務上でもかぶらない人がふえてきたように思います。
まして、一般の人には強制がないのですから、自発的にかぶっている人は老人を除いて、滅多に見かけなくなりました。
女性も、西洋の風俗が格好いいということで、戦後、帽子が使われましたが、日本では頭が涼しい(蒸れない)パラソルの方が合理的ですから、今ではパラソル全盛で、帽子をかぶったご婦人は滅多に見かけません。
現在の皇后陛下も、皇太子妃の頃には、よく帽子をかぶってられましたが、最近は使用されないようです。
スーツ・ネクタイとどう違うのでしょう?
「ふ〜ん」(そんなことまで教育するの?それにしても他人は他人、自分は自分なのに、人を非難までしろと教えるほど激しいのかあ!)と聞いておきました。




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