07/11/04
旅行4・・・金華山島1(地球温暖化1)
牡鹿半島の付け根の女川港から、突端の沖合いに浮かぶ金華山島までの約30分の船旅が始まりました。
景色が見えなくとも、波が全くなく、瀬戸内海の船旅のようにシーツの上をすべるようでした。
瀬戸内海航路は、特に夜間などは甲板に出て海を見ていると、行き交う船が多すぎて衝突しないのか心配ですが、(科学的に自動操縦などの安全策があるのでしょうが素人には目で見え難い分不安なのです。)金華山航路はたった一隻がまっすぐ進むばかりですから安心です。
こうして霧の中の船旅も、結構楽しいものでした。
時々、霧が薄くなると緑なす牡鹿半島の山並みが幻想的に見えます。
金華山島に到着してからも少しは霧が残っていましたが、神社に向かって歩いているうちに霧が少しづつ晴れてきて、対岸の半島も良く見えるようになってきました。
千葉ではもう夏の感じの黒ずんだ葉っぱですが、ここではまだ黄緑っぽい青葉の終わり頃の季節でした。
金華山島に上陸すると、直ぐに海岸線に沿って山を登り始めます。
船着場近くの海岸沿いの松が、全滅して無残に切り倒されているのにはがっかりでした。
松くい虫の影響かもしれませんが、その元凶を探ると、気温の上昇が、ぶな、ナラ類を日本列島から、追い上げてきたように、地球温暖化に行き着くのかも知れません。
どんな植物も動物も環境適応が出来なければ、病害虫や、病原菌に負けて死滅していくものですから、(老人も暑さ寒さ自体で死ぬのではなく、抵抗力が弱くなって病害で死ぬのが普通です)松くい虫に次々とやられること自体適応力が弱っているに過ぎないのでしょう。
ただし、私は、最近の地球温暖化論には首を傾げています。
最近暑いのは分りますが、地球は過去4万年単位で、氷河期ないし寒冷期と間氷期(温暖期)を繰り返してきたのですから、最近の僅か数十年くらいの気温上昇が、それとどういう関係があるのかの議論がほしいところです。
海面が上昇するのが問題だとも言いますが、これもうさん臭いのです。
陸地の隆起問題もあるので、気温だけでは論じられませんが、皆さんご承知のように、江戸時代には東京駅八重洲口のところまで海だったのですし、千葉県などもいまのように陸続きではなかったのです。
殆ど湿地帯や水郷地帯でしたから、どちらかと言えば島が点在しているような状態であったようで、房総方面は船で往来するのが普通だったようです。
「いやさ、お富、久しぶりだなあ・・・・」のセリフで有名な「切られ与三郎」の話しが、木更津を舞台にして生まれた所以です
九十九里浜の海岸線を見ても、昔は今よりもずっと(約15〜20キロ)後退した線であったことは地形上明らかです。
新潟県の穀倉地帯が、殆ど湿地帯であったことなど数え上げればキリがないでしょう。
我国の戦国時代は、世界中が稀に見る温暖期で世界中が大航海時代として活発に動き回っていたのが、江戸時代に鎖国になってじっとしていたのは、寒冷化が進んだからとも言われています。
何万年と言う大袈裟なことでなくとも、江戸時代だけで見ても寒冷期があった(と言うことは前後は温暖期)のは明らかですから、これと現在の温暖現象とは、どう違うのかと言う真面目な議論がなぜないのか不思議です。
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