07/06/04
学業と実力2(司法修習生の場合)
わたしの挨拶が終わって、修習生の自己紹介に移ると、「ただいま、委員長から必要以上に勉強したからと言って役に立たないと言われた○○大学院を出た・・・・△△です・・」と返されたことがあります。
わたしの考えは、一定水準までは、学習しておく必要がありますが、その先は別種の能力が必要だと言うものです。
勉強は実務をする前提として要求されているだけであって、勉強が好きなだけで実務能力のない人は却って困るのです。
医師の場合も同じで、偏差値が高いからと言って、医師の適格もないのに、医学部を受験する秀才?もいます。
医師になるには一定の学習能力が必要でしょうが、そこから先は別の能力が要求されるのです。
歯科医や外科医は先ず手先の器用さが重要でしょうし、その他の科目でも学問的能力よりは、各種の人間的能力がより多く要求されるのは、誰でもわかることです。
芸術の世界でも同じでしょう。
学習能力に優れて恩師の覚え目出度い有名画家がいますが、本当の芸術家になるには、大家の技術を習得後に自己表現が出来るかどうかにあるのであって、先生の画風そのまま一生終わるのでは、意味が有りません。
どのような職業でも、程々に勉強して、(司法試験に合格し、医師国家試験に合格程度)後はいろんな方向性の能力を持っている人の方が社会の役に立つと思います。
こうした考えから、トップクラスで合格した人たちよりも、程々の成績で合格してきた人のほうが有益な法律家になる可能性があるというのが私の偏見です。
最高偏差値学生を集めている東大からノーベル賞学者が出ないで、2番手3番手の大学からノーベル賞受賞者や、産業界で画期的な発明や業績をあげている例が多く見られるのもその一つです。
ところが世の中では、お勉強どまりのエリートが幅を利かせているように思うので、このホームページでは折に触れて、エリート官僚や欧米の横文字を縦になおしている学者に対し、きつい批判をするわけです。
エリート(のつもりの)修習生にとっては、驚いたのかもしれません。
どうして、こう言う人が責任者になるのか、疑問に思った司法修習生もいたようです。(今でも一杯いるかもしれません。)
「代々木系とか自民党系とか組織に全く属さない先生がなぜ・・・・・ですかね?」と副会長が終わって修習副委員長になったばかりのときに不思議そうに聞かれたことがあります。
東京3会(東京には東弁、1弁、2弁の3弁護士会があります。)では、○○会という派閥があって、そこで実績をあげて会の委員に推薦されてくるのが普通です。
私のように、ノンポリそのままの人間がなぜ?という疑問だったかもしれません。
「田舎の弁護士会は、まだ牧歌的だからいいぞ。」と答えていたものです。
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