07/29/03
巨大ビルと没個性 (個性 10)
昔は、国立などの大病院でも、学校の校舎みたいな木造2階建ての建物(これも昭和40年代に姿を消しましたね。)が平行に並んでいて渡り廊下で繋がっているのが多かったものですが、昭和40年代以降、これらは取り壊されて高層の巨大なビルが多くなりました。
組織の大きさは、殆ど変わらず、建物だけが小さな建物の集まりから一棟の巨大ビルに、生まれ変わっただけなのに、内部の人間の変わり様の激しさったら有りません。
こうしてみると、組織だけでなく、建物の大きさの影響力も無視出来ないことが分かりますね。
これから大きな法律事務所が出来て来て、(巨大ビルに入居します)そこで雇われて働く弁護士が増えて来ると、没個性な弁護士が多くなるように思います。
私の方は、時代遅れの言訳に、せいぜい小さな事務所の経営者として、個性的な人生を謳歌して行くことにしましょうか?
ところで、箱物である建物が大きくなると、その中の人間1人1人が、何故個性を失い、輝きを失うようになるのでしょうか?
思うに、(昔風に言えば、蓋し・・と言うところです)無機物とは言え、建物が形づくられた以上、1個の生命体になるように思います。
万物は、形を与えられた以上は、そこに「いのち」が生まれ、その形を壊さないように、必死に守っていると思うのです。
ここでイメージしているのは、机や岩石や、山の形などなどです。
生物が死なないように、頑張っているのと同じです。
こうしたことは、専門の学者が研究してるでしょうが、私のコラムは、いつも言ってるように、学問の発表では有りませんので、飽くまで私1人が普段考えているシロウト考えですので、そのつもりでお読み下さい。
私のこうした考えは、学問的には、未開地に多いと言われるアニミズム、シャーマニスムに近いものかも知れません。
日本の弁護士のレベルは、こんな精神状況かと笑われるかも知れませんが、ともかく私は、こうした考えも合わせ持っているのです。
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