07/04/03
裁判所の変質
デモ規制の公安条例事件その他、政府行為に批判的判決を多く書いて来た有名裁判官の多くは、裁判所を去って行きました。
人権の砦としての裁判所に、夢を抱けなくなったからでしょう。
昭和50年代中ごろになると、そう言う思想下で採用された若手裁判官が、地裁の中堅となって、40年代に若手の裁判官だった年代が、高裁判事になって来ますので、地裁の方が高裁よりも保守的な判決を書くようになって来て、高裁で住民側が逆転勝訴する、おかしな現象すら生まれていました。
勿論、今では、高裁判事もその後の判事ですので、地裁、高裁、最高裁一貫した傾向の裁判所になっていますよ。
私なども、その頃から法律家になっているので、いつの間にか、「左右の対立なんて意識が古いんじゃない?」と言う無関心層の1人になって、今に至っています。
こうしてみると、国民の思想教育なんてものは、ちょろいものですね。
いつも書くことですが、国民が野党推薦の都知事や市長の誕生に浮かれている間に、政府は、しこしこと水面下で権力増殖の下地造りに励んでいたのですが、国民は気付かないものです。
政府・権力のしたたかさについては、今年の6月10日に「抱き合わせ」等のこラムで連載したとおりです。
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