06/25/08
与信社会12と生産力1
閉ざされた国内市場で考えると、たとえば生産増1割の場合、生産関係者等しく1割増であって、生産による利益が100%還元されれば、生産増による販売増額分同額の購買資金が、国内全員に等しくにいきわたるから、購買力不足が発生しないからです。
しかし、実際には生産増で儲かる人と、好景気や、産業革命に乗り遅れて生産増出来なかった人と・・その他いろんな不均衡が生じます。
しかし、他人の100倍の商品を造って売った人は、いきなり100倍の消費を出来ません。
(紀伊国屋文左衛門のように、料亭で金貨をばら撒くくらいでしょう。)
他方で競争に負けて売り上げ減の人も、病気の人も最低生活水準以下に落とせないとなれば、その不足分をどこから補充するしかないのですが、そのためには、売り上げ増に成功して消費しきれないほど、資金のあまった方からの資金移動が必須となります。
これを浄財寄付というか預金にするか株式・投資にするかは、経済的には同じことでしょう。
この調整システムが、血管のような役割・・・預金で余剰資金を吸収する動脈的金融機関から静脈的消費者金融・・借入者=消費者がそのお金で自分の働き以上のモノやサービスを入手し、その対価として生産者に戻っていくまでの連鎖的循環システムでしょう。
これをごまかし制度というか、あるいは資金循環システムというかは、言葉の遊びのレベルで、いずれにせよ、与信制度の利用者は、当初は自分のそのときの働き以上の消費をする人のことです。
これが長引いて来たり金利が高かったりすると、最後には、その年に借りたお金は、過去の借金の元利金返済に全額回ってしまい、その年の借金から自分で消費したお金はゼロだったということにもなりかねません。
この段階になると、与信制度利用による購買力増・生産力増効果は、ゼロになってしまったことになります。
年収250万円の人が毎年50万円ずつ借りて、年300万円の生活をしていれば、産業界ではこういう人一人当たり50万円分ずつ実際の購買力以上の製品が売れるのですから、国全体がめでたい限りです。
ところが、一定期間経過すると、50万円ずつ借りるお金は、借金の利払いにも足りなくなってきます。
こうして、60万円70万円と借り増して行くのですが、このころには、借金の支払いに追われるようになって、生活水準を200万円に落としても利息支払いにも足りなくなり、借入先を追加的に増やしていく状態になります。
(これを自転車操業的状態といいます)
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