06/16/08

秋葉原大量殺傷事件と拡大自殺(テロ)

ゲリラを相手に正規軍ばかり増強しても仕方がないのと同じです。

ところで、秋葉原の大量殺傷事件を政治的抗議の一種・・テロ・ゲリラと言う別の視点から見たら、どういう光景が出てくるでしょうか?

今回の問題としては、報道されている限りでは、派遣労働者の不安定すぎる身分が、彼の精神を追い詰めた直接の原因・・あるいはそのひとつのようですから、(全体像はまだ見えませんが・・・)さしあたり経済界としても、これを真摯に受け止める必要があります。

秋葉原事件の加藤さんの行動は、昔流行った社会に対する抗議の意思表示としての焼身自殺の現在版・拡大自殺と解釈することが可能です。

マ、その辺の専門的分析は精神医学界が解釈を出すべきでしょうが、これを社会に対する抗議の一形式であると解釈すれば、どうなるかと言うことです。

今回の事件は、経済界が、人材派遣や契約社員パートなどを多用し、好き勝手に人材を使い捨てている現行制度に対する最弱者の反乱として理解し、その角度からの検討も必要です。

これが、もしかして多民族国家で、一定民族・人種に最底辺層がシフトしているときを想定すれば、今回の秋葉原の事件は、一種のテロに限りなく近いものとして意味づけることも可能です。

また、これを契機に、国内民族紛争に転化していく可能性さえあるでしょう。

わが国は、たまたま単一民族的構成ですから、政治的不満として検討されるべき事柄でも、政治的不満として、表面に意識され難い・・個人的苦悩として処理されるメンタリテイの国柄です。

仏教の諦観(わが国流の俗解釈を前提です)と関係があるのでしょうか?

仏教では、日蓮系を除いて政治的解決を求める傾向が弱いのです。

(実はわが国は、多様な民族構成であることについて、05/25/03「日本は単一民族・同質社会?」や04/02/08「多民族雇用社会(スライス社会の弊)」その他で書いてきましたが・・・)

わが国では、政治運動のテーマになるべきことでも、個人の内面の問題・・個人責任として処理される傾向があり、秋葉原事件の加藤さんも政治的運動に結びつける方向ではなく、一人内面で苦しんで拡大自殺を決行しただけだったのです。

個人の内面の問題にする以上は、宗教界の出番または精神医療界の出番ですが、この点については、法律家任せで、わが国の宗教家も精神医療界も遅れを取っている・・機能を十分に果たしていないと思われます。

政治の世界では、ようやく消費者庁の創設が動き出しましたが・・・。

(これも消費者問題で活発な運動をしている日弁連などの法律家の動きが中心です。)

それをいいことにして、今回の秋葉原無差別殺傷事件について、わが国マスコミでは、多分個人的特異な事件として報道して終わるのでしょうが、多民族社会であれば劣悪な労働環境に対する抗議活動・・立派な政治闘争・・テロに発展してもおかしくない事件です。

 



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

 


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資