06/15/08
犯罪被害者保護2(和解調書の効力1)
上記は、刑事事件で被害者と加害者間の示談が出来たときに、その文書を裁判所に申し出れば、公式記録にとどめてやる・・公文書・・和解調書にしてやるという制度です。
その和解交渉に国はなんらの関与しないのですから、政府としては何の労力も要りません。
和解調書になれば、17日以降で紹介しますが、強制執行を申し立てできる文書になるのです。
政府としては何の持ち出しも何の工夫もなく、法律をいじるだけで被害者保護という大義に合致したサービスできるところから、始まった制度でしょう。
(いすに座ったまま、はんこ押すだけの仕事が好きな役人の考えそうな制度です)
しかし、刑事犯罪者相手に強制施行できる現実性があるか?と言うことが我々実務家の抱く疑問です。
刑事事件の示談では、現金支払いが原則で、将来払いますと言う約束だけでは、何の意味もないと言うのが実務の扱いです。
被害感情が強くって、現金支払いの提案さえ受け付けられないことが多いのですが、
ましてや、将来払う・・刑務所を出てから払う・・と言うのでは、誰も相手にしないし、仮にそういう示談書を提出しても、刑事裁判所も示談をしたと言う実質・・被害回復としてこれを認めないのです。
ですから、刑事裁判中に息子や甥を助けるために関係者がお金を出してやれない加害者の場合だけ、将来の約束・和解書が必要になるのです。
刑事被告人自身は、お金を持っていないことは普通ですが、それ以上に周辺でも誰も出してくれないときに、「出て働いて払います」と言う話になるのです。
この制度は新たに民事訴訟をしなくても、刑事手続き内でこれを申し出ると民事裁判をした場合と同じ効力を与えましょういう制度です。
しかし、上記のように支払い能力に疑問があるのですから、実際の利用実績は皆無に近い感じです。
今回の秋葉原の事件を想起すればすぐ分かるでしょうが、強制執行できる文書のサービスをしたところで、どうなるの?と言うところです。
政府のやるべきことは、カラ手形みたいな文書に箔付けするよりは、こうした惨事を未然に防ぐ方策・・・絶望した若者に対するカウンセルの充実その他のインフラ整備でしょう。
これがうまくいっていないことが原因で事件が多発するならば、政府の無策・・責任ですから、被害補償(額を含めた)の充実策を図るべきです。
秋葉原の殺傷事件のような場合、政府や警察には防ぎようがない・・やりようがないだろう・・政府の責任ではないと言う意見がありそうですが、わが国でももっと前から大掛かりな病院中心主義をやめて、カウンセリング関係者や周辺職種を増やす政策を採用するべきだったのです。
既に西洋では、かなり前から大鑑巨砲主義(大規模病院中心)から、方針を転換してカウンセラー中心主義に移行していることは、06/10/08「ソフト社会と必要なインフラ5(デンマークの場合)」以来、前回コラムまで日弁連意見書として紹介したとおりです。
いまだに病院中心主義にこだわる、日本政府の政策ミスと言うべきでしょう。
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