06/08/08

ソフト社会と必要なインフラ1(刑罰の存在意義)

以前03/05/05「暴対法2(必罰社会が安全な社会を作る)」でも書きましたが、迅速対応・・必罰こそが犯罪の抑止力であって、横着をきめ込んでいて、たまに(たとえば数百件に一軒)捕まえたときだけ、無茶に刑が重いと言うのでは、抑止力はならないのです。

政府が重罰化をとなえるときは、犯罪が増えたからではなく、検挙率・迅速対応能力が落ちていることの裏返しとも言えるでしょう。

飲酒運転で捕まった人の大方の考えは、裏道を帰ればみつからないと思ったなどということです。

その他脱税でもそうですが、100%見つかると思えば脱税する人がなくなるでしょうから、経済事犯でも、検挙後の罰則の軽重よりも検挙率が殆どのウエートを占めているのです。

昔は捜査能力が低かったので、悪事が露見するのは氷山の一角でした。

その代わり刑罰は残虐を極めたのですが、昔から言われる一罰百戒とはまさに、一回の検挙で百回分の効果を求めるもので言い得て妙ではありませんか?

最近は、従来型の犯罪ばかりではなく、社会のソフト化にあわせて、捜査当局に対してもきめ細かな需要があるのですが、捜査機関がこれに対応しきれていない点のギャップが生じているのです。

犯罪が減っているのに、最近の重罰化運動や新しい処罰法律の大量生産は、警察の動きが鈍いことに対する国民の不満をそらすために、やたらと処罰法律を作ったり重罰化を唱えていると言えるのです。

以上のように、国民にとっては刑罰が1割重くなったかどうかよりは、検挙・逮捕されるかどうかが、先ず重要な関心事となのです。

逮捕されただけで、社会的地位がパーです。

逮捕・勾留されてしまえば、40日目に保釈で出るか50日目に出るかは、(短い方がいいですが、・・)五十歩百歩で質的な差がないのです。

それならば、何のために刑罰があるかというと、そこ(検挙)から先は、一定のけじめ・・落とし前を着けてもらうということが中心であって、ケジメの程度はやったことに応じた軽重が必要という自己満足?(といえば言い過ぎですが、)一応差異を着けているだけです。

犯罪者の方も、裁判になった以上はどうせ服役するなら、2年より1年、1年よりも10ヶ月の方と短い方がよいのは当然ですが、そんなことよりも服役するかどうか(執行猶予になるか否か)こそが99%の関心事です。

最近粗暴犯・凶悪犯が減ってきたのは、(政府のキャンペインとは逆に、これまで紹介しているように統計によれば激減中です)社会のソフト化で、乱暴な若者が激減しているからです。

 



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