06/07/08
収容強化の背景(施設の整備・充実)
6月3日前後に書いたように、明治の法律・・癩予防の件は、精神病同様に家族の引き取り責任を原則としていたのですから、強制収用する仕組みになっていなかったのです。
セイゼイ引き取り手のいない患者を救護するだけの話でした。
もう一度一部紹介します。
癩予防ニ関スル件
第三条癩患者ニシテ療養ノ途ヲ有セス且救護者ナキ者ハ行政官庁ニ於テ命令ノ定ムル所ニ従ヒ療養所ニ入ラシメ之ヲ救護スヘシ但シ適当ト認ムルトキハ扶養義務者ヲシテ患者ヲ引取ラシムヘシ
施設の充実に合わせて・・官僚の権限膨張主義に由来するのでしょうか?・・次第に強制収容に傾いていったので、悲惨な結果になったのです。
強制収容となって、一生出られないとなれば、 どんな劣悪な待遇でも出て行けないのですから、その待遇が悪くなる一方になりがちです。
優生手術の同意を迫られて拒めない状態が、その極致と言うべきでしょう。
しかも、明治の癩療養所の所長は当初は医師ではなく、警察出身者がなる慣例だったと言うのですから、治安目的で始まった無茶な制度でした。
当時は、治療法も分からなかったので、医師がなろうと警察官僚がなろうと、管理する・拘禁するのが目的だったから同じだと言う思想でもあったでしょう。
一時的な救護が目的とすれば、酔っ払いの保護みたいなもので、警察で足りると思われていたのかもしれません。
戦後、戦前の「癩予防に関する件」に変わって、らい予防法が新たに制定されるのですが、人権保障が厚くなったのではなく、逆に強制収用や懲罰制度が法で明記されるなどで本質は却って悪くなっているのです。
明治と違って、大正に入ると療養所が完備したせいか、却って役所のほうで強引な客引きを始めて、強制収容の性格が濃厚になってきます。
現在、犯罪統計では犯罪は激減中なのに、重罰化の動きがイキナリ盛んになってきたのは、刑務所ががら空きになりそうだから、その危機感からではないか?と書いたことがあります。
ライ病者に対する臨時預かり施設が充実すると、今度は施設維持のために全員入所・・強制化が必要になったとも言えるでしょう。
少年事件の減少化と重罰化の合唱の関係は、9/16/06「少年犯罪の増減と重罰化の風潮(少年犯罪統計)2」前後や、09/25/06「権力の強弱(死刑執行数と殺人事件の関係)」などで書いてきました。
上記コラムで統計を紹介しましたが、少年による殺人など凶悪事件はここのところ激減しています。
ピーク時(昭和36年・448件→上記コラム掲載時としての最新データである平成16年では、僅か62件ですから、約7分の1以下に減ってきたので、ここ10年前後の猛烈なキャンペインは、収容施設側ではかなり前から失業の危機に目覚めて、焦っている結果と見るのが自然でしょう。
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