06/04/08
らい予防法の歴史4(感染と遺伝)
らい病とらい病に似た病気が厳密に区別がつかないと批判されれば、人権侵害のリスク回避のために取りやめる方向に行くのではなく、十羽一絡げに全部収容すればいいだろうという逆転の発想に行くのが、ナチスや内務省的発想なのです。
ナチスによるユダヤ人の定義も恣意的で、実は、はっきりしなかったのです。
よく言われるように、ユダヤ教を信じているかどうかによるのか、両親がユダヤ人に限るか、片親でもユダヤ人ならいいか、何代前からユダヤ人の血が入っているか、年一回だけ教会に行く人でもいいのか、毎週行く人だけかなど決め始めたらきりがないといわれてます。
内務省的発想に任せて、その暴走を許せば、ヒットラーの民族浄化政策のような結果に行き着きやすいのです。
ところで、「癩予防ニ関スル件」と題するこの法律は、感染性を強調した消毒の規定から始まりますが、実は感染性としても、風邪などと違って、ちょっとやそっとでは感染しない・・・長期間の持続的密着・・母子関係など以外には簡単に感染しないのです。
それどころか、長期間持続接触しても(母子でも)特定因子を持たない子は、感染しないと言われています。
関が原の盟友石田光成と大谷刑部少輔の堅い友情の原因として知られている故事として、ある茶会で、らい患者であった大谷の飲んだ回し飲みの茶を光成が臆することなく飲んだことに大谷が感激したことに由来すると言われていますが、本当はこんな程度では感染しないのです。
石田光成はこの点をよく知っていて、大谷に恩を売ったのかもしれません。
ですから、本来感染性を理由とする他人との隔離は意味がなかった・・袖触れ合う程度の往来・・近所の人が近くを歩く程度ではなんら問題がないのですから、家の周りを大々的に消毒する必要なんかまったくなかったのです。
感染性の低いことから、逆に母子などの密着がないと感染しない・・遺伝性と区別の付かない社会印象・・誤解が生まれていたのです。
らい病の感染性に関しては、(国際学会で認められているなど)科学知識の誤導宣伝をして、国民に恐怖心を植え付けて民衆による差別意識の強化をはかって、自己(官による)の強制隔離・連行を正当化し、他方では、遺伝ではないかと言う旧来の誤った印象を利用して、優生手術の対象へとしてきたのです。
ところで、感染性と遺伝性の宣伝は本来両立し得ない概念のはずです。
もしも感染性が強くって、しかも絶対に治らない、そして、一度感染したら必ずその子孫に遺伝してしまうとすれば、らい患者が増える一方ですから、長い間に人類の殆どすべてが患者になってしまっていたことになります。
ところが、らい患者は人類のほんの僅かな率でしか存在していないのですから、感染性が低いことと遺伝性も関係がないことがすぐに分かる道理です。
その後研究が進んで、他人(母子のように密着していても感染しない子には感染しないのです)に対する感染性が殆どないことが分かって来た以上は、本来強制隔離も許されなくなったと言うべきです。
元々救護目的の法律でしかないのですから、そうとすれば、親兄弟が面倒を見ていて、公的に救護する必要もない者は放っておけばいいことです。
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