06/03/08

らい予防法の歴史2(癩予防ニ関スル件)

明治40年に成立した「らい予防の件」を見ると、イジメや隔離を目的にしたものではなく、消毒と救護を目的にしただけの中立的な法律だったのです。

救護とは、役所の都合・・社会防衛で懲らしめたり隔離するよりは、救護を受けるべき患者の立場に立った言葉です。

この法律には、本人の福利の視点を離れて、為政者や社会のためだけの視点で、強制的に隔離したり断種しようとする方向性は見えません。

癩予防ニ関スル件

(明治40年3月18日法律第11号)

第一条 医師癩患者ヲ診断シタルトキハ患者及家人ニ消毒其ノ他予防方法ヲ指示シ且三日以内ニ行政官庁ニ届ケ出ツヘシ其転帰ノ場合及死体ヲ検案シタル時亦同シ

第二条癩患者アル家又ハ癩病毒ニ汚染シタル家ニ於テハ医師又ハ当該吏員ノ指示ニ従ヒ消毒其ノ他予防ヲ行フヘシ

第三条癩患者ニシテ療養ノ途ヲ有セス且救護者ナキ者ハ行政官庁ニ於テ命令ノ定ムル所ニ従ヒ療養所ニ入ラシメ之ヲ救護スヘシ但シ適当ト認ムルトキハ扶養義務者ヲシテ患者ヲ引取ラシムヘシ
必要ノ場合ニ於テハ行政官庁ハ命令ノ定ムル所ニ従イ前項患者ノ同伴者又ハ同居者ニ対シテ一時相当ノ救護ヲ為スヘシ
前二項ノ場合ニ於テ行政官庁ハ必要ト認ムルトキハ市町村長(市政町村制ヲ施行セサル地ニ在リテハ市町村長ニ準スヘキ者)ヲシテ癩患者及其ノ同伴者又ハ同居者ヲ一時救護スルコトヲ得

第四条 主務大臣ハ二以上ノ道府県ヲ指定シ其ノ道府県内ニ於ケル前条ノ患者ヲ収容スル為必要ナル療養所ノ設置ヲ命スルコトヲ得
前項療養所ノ設置及管理ニ関シ必要ナル事項ハ主務大臣之ヲ定ム
主務大臣ハ私立ノ療養所ヲ以テ第一項ノ療養所ニ代用セシムルコトヲ得

 

上記条文のように、最初は消毒と救護から始まった政策でしたが、その方向に発展させずに逆に(責任逃れにもなるからです)庶民の蒙昧な差別意識を助長する方向に力を注いできたことが、問題を大きくしたのです。

こんなことになって行ったのは、国民を監視し、出来ることなら好き勝手に検挙・検束したいと言う欲求の強い役所・内務省が担当行政庁・・法的には主務官庁といいます・・・だったことが、ライ病に限らず国民全般を監視し検挙する不幸な社会を作った大きな原因ではないでしょうか?

特高で知られる内務省こそは、・・ソルジェニーツインの「収容所列島」で知られるソビエト並みの牢獄政策に親和性のある役所だったからです。

ところで、らい病といっても、いろんな段階や態様があるし、しかも、らい病に似ていても、らい病ではないこともあるのです。

「人権的考慮には、先ず反発する」傾向のある内務省・・これを引き継いだ厚生省では、多種多様な症状のある、らい病またはこれに類縁の病気を十羽一からげに強制収容する好き勝手な運用をし戦後はこれを合法化する法律をつくり、運用していったのです。

(戦前は、上記のとおり、法律上は救護できるだけでしたから、救護目的を離れて強制連行していたのは、実質は法律違反でした。)

 



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