06/27/07
組織内の正義6と愛社精神3
資本主義社会とは、資本があってこそ会社組織が成り立つ社会のことですが、わが国では長い間金融資本主義の時代でしたから、真の意味の資本主義が社会意識に根付いていなかったのです。
企業は銀行融資で成り立っていたのですから、株主に対して「釣った魚には餌をやらない」と言う論理で運営してきたのが、つい最近までの企業でした。
設立当初だけ資本集めに奔走してぺこぺこしておきながら、運営が軌道に乗ったら一旦出資してしまった株主には見向きもせずに、銀行の顔色ばかり窺う時代だったのです。
これが資金の市場調達が普通の時代になってくると、ひっきりなしに市場の信任が必要になってきます。
まじかに、大きな資金調達案件がなくとも過去に発行した巨額社債の借換債の発行がいつも必要になってきたことと、持合による物言わぬ株主が減ってきたことも大きな変化です。
政権与党が大勝した後、当面衆議院の解散がなくとも、五月雨式にある地方選挙や補欠選挙のためにいつも民意を気にするようになっているのと同じです。
企業人や役人は、国民から成り立っているので、こうした意識の改善には国民一人ひとりの意識改革が経済活動の変化に合わせて徐々に進む必要があるのでしょう。
年金事務局や、役人の意識改革の遅れを非難するだけではなく、
「組織は自分達のもの、これの運営を委託している役人のものではない」
と言う積極的な意識が国民にも必要です。
アメリカ合衆国の場合、自分達で建国した歴史があるので、政府は自分達の代表と言う意識に現実味があるのに対し、わが国など古代から続いているところでは、国民の方も公務員の方もお互いに支配者・被支配者の観念が染み付いています。
敗戦後今度からは、「国民が主権者で公務員は公僕だ」とイキナリ言われても、なかなか身に付かずに現実化し難いのは仕方がないでしょう。
この古来からひきずっている国民=客体観念が、年金不祥事の基礎にあると言うのが私の意見です。
この支配対被支配意識と組織に対する忠誠心=愛社精神、愛国心が、今回の年金不祥事の基礎にあるのです。
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