06/21/07
免責不許可事由(破産法26)の書き方新法と旧法の違い2
この点、旧法・・・平成16年制定の新破産法の前はどうなっていたか、紹介しておきましょう。
旧法では、以下3669条の9に紹介するように、「・・・の場合に限り」免責不許可決定できる。と言うのですから、免責が原則で、不許可にするには、裁判所の積極的な認定が必要であったのです。
これが、新破産法では、逆に「・・・に該当しない場合、・・免責する」に逆転した扱いに変わったのです。
そのかわり、前回紹介したように裁量免責制度も出来ました。
このように大枠では、免責し難くしてしまい、それでも裁判所が緩やかに運用した場合に備えて、これまで書いて来た家事債権などの、個別的=絶対的非免責債権を創出したのです。
実際には裁判所の運用は、この法律が出来てからも殆ど変わらず、従来どおり原則免責の運用で動いています。
この、新法実施直前ころに千葉にいたある裁判官の考え方が厳しくて、(新法の精神に忠実だったのでしょう・・。)弁護士会とかなりもめていたことがありましたが、その裁判官はどこかへ転勤していきました。
抽象的な事由が多いので、裁判所の事実認定といっても、さじ加減次第になっているからです。
「それならば、いいじゃあないか」と思う方が多いでしょうが、このような権力者のさじ加減次第で、どうにでもなる運用で国民の重要な権利義務が決まってしまう制度などは、法治国家と言えるのかどうかと言う疑問です。
サラ金に厳しい判例が続いていることに関しても、今のところ弁護士としてはありがたいが、あるとき政治の風向き次第で、傾向が変わるのでは困るので、やはり裁判と言うものは、政治緒風向きに関係なく、きっちりした事実認定でやってほしいと書きました。
破産法も法律でしっかり決めてほしいし、その法律どおりに適用すると社会正義に反した結果になるからとして、裁判所が事実上ゆるい運用をすることでごまかすのではなく、おかしい法律は正々堂々と批判すべきです。
国民の権利侵害になる法律も、保護する法律も、法律は無茶苦茶に幅が広くても、
「どんなことでも、最後は裁判所でいいように修正して適用するから心配しなくともよい」
と言う、日本の目に見えない法体系(暗黙の了解)は、どこかおかしいと思いませんか?
「後は、お上のいいように・・」と言う日本の法慣習をそのままにしていると、国民に対する裁判所に気に入られたい・・機嫌を損なわれたくないと言う意識の醸成・・教育につながり、
「このような行為をすれば、こういう結果が待っている」
と言う合理的行動をする生活意識の発達を妨げるでしょう。
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
