06/11/07

株や先物取引と賭博性

勤勉貯蓄を旨とする稲作農業社会の歴史を持つわが国が、まじめに働かなくなる危険のある賭博行為を忌み嫌い、安定収益=利息にこだわることを書いてきましたが、その違いでもあるしょう。
利息と資本収益の社会の違いについては、02/12/06「
キリストと農業社会の歩み寄り2(キャピタルゲインと利息)」などで連載してきましたので、参照してください。
わが国の勤勉を尊ぶ法体系から言えば、株耶商品先物取引は、傷害行為同様にまず構成要件該当行為(許されない)であるが、第2段階の正当業務行為として違法性が阻却されると言う論法が要求されるはずです。
しかし、これではあまりにも現実社会とそぐわないので、始めっから問題にしていないだけです。
ただ、国民感情としては、先物取引などで損をしても、騙された人がいても、「(不当な)欲をだすからいけないんだ」式の非難が潜在的にあり・・被害者自身
   「こういう取引に手を出した私も悪いんですが・・・」
と言う話から入ってくるのが普通です。
このように、わが国では長かった稲作社会の経験で利息には親和性があるのですが、投機的な株式や金融取引にはどうしてもなじめない・・出遅れてしまうところがあるのです。
これから、わが国の主要外貨収入源である金融取引のプロを育てる必要があるのですが、稲作農業型のまじめ堅物・・学校秀才(東大法学部卒)を訓練するよりは、これまでは継子扱いされてきたギャンブル向き人材の有効利用が必要でしょう。
この点も、すでにどこかで書きました。
ところで、皆さんが普通にやっている「掛けマージャンやゴルフは博打(ばくち)です」と言うと、何となくよほど悪いことのような印象で、驚く方が多いのは、後述のとおりバクチ打ちはヤクザの代名詞になっているからです。
博戯、賭事の発展の経過を考えると、すごろくやサイコロ、トランプ、マージャンなどに限らず遊びの材料は、もっと原始的な形態で昔からいくらでもあったでしょう。
子供の成長過程は、人類の歴史の再生と言えるでしょうが、その子供を見れば分かりますが、どんなことからでも、石ころ一つからでも遊びをいくらでも考え出す能力があります。
それに比べて、プロの相撲その他非参加型・・見るスポーツは時代が遅れて発達して来たものです。
イキオイこうした試合結果に賭けるチャンスは、昔は滅多になかったでしょう。
これが各種スポ−ツが発達してきますと、結果を予想して賭けるチャンスが多くなり、賭事が発達してきます。
このように、社会的発展順序から見れば、刑事処罰の対象となる賭事の歴史の方が、新しいことになるでしょうか?



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