06/08/07
仏教の役割2・・精神科医との違い
現在の階級性社会とは、江戸時代そのままの、生まれによる階級の固定ではなく、その人の能力に応じて階級が決まっていく社会・・・能力に応じて自由に入れ替わりのできる社会というべきでしょうか?
行儀など悪くっても、言葉遣いが乱暴でもたらふく食べられれば良いと言う、気楽に行きたい人もいるでしょう。
いろんな価値観別の社会が、あってもいいのです。
今は、知らなくてもよいこと、分不相応なことまでテレビなどで知り、欲望を煽られるために分不相応な期待を持ってしまい、不幸になっていることが多いのです。
サラ金地獄の多くは、この種の欲望増大による結果でもあるでしょう。
あるいは、同じ価値観で生きていかなければならない現在は、ひどく窮屈な社会です。
タバコがだめだとなれば、一斉にどこもかしこも禁止に向かいます。
そこで、現状の能力混在社会では、さしあたり社会的解決が図られるどころか、逆にストレスが強まる一方ですから、自己防衛のためには、内面の意思を鍛える何らかの訓練が必要です。
一つには鈍感になることですが、複雑な現在社会では、却って鈍感ではなお生きにくいのですからこの方法は無理でしょう。
そこで、内面の救済をはかる宗教の役割が重要になるのです。
現在では、禅宗系・・あるいは現実逃避を勧める〔浄土系〕?など仏教の活躍する役割が、かなりある筈です。
ただし、禅宗も浄土系も日蓮もその時代の需要に応じて、勃興したものですから、現在の需要にあわせた新たな教義、救世主の出現が必要でしょう。
自己鍛錬のできる人がノイローゼになったりしないのですから、禅宗にはいって、自己鍛錬しなさいと進めても無理でしょう。
現世を諦めても「あの世には極楽浄土が待っているよ!」式の説教も、いまの時代には無理でしょう。
地獄・極楽の世界は、05/21/06「世界宗教の非合理化18と(地獄・極楽世界1)」〜05/25/06「政治権力と宗教(幽霊の出現)」その他で弱体な権力の補完作用として生まれてきたことを書きました。
現在社会では、ナチスのホロコーストの例を見るまでもなく、権力はイヤっと言うほど強い・・・強すぎるのですから、いまさら、「あの世はいいぞ!」式の説教は無意味でしょう。
現世は、現世で完結する新たな教義が必要です。
オーム真理教事件の記憶は、まだ新しいところですが、あのようにずれた方向へ行かずに、正統な方向で心の救済が必要な社会になっていることは確かでしょう。
本質的解決には、宗教や、精神科医の活躍によるものではなく、社会構造の変革が必要ですが、そのハザマにある現在では、さしあたり、内面を救済するのに適した仏教がまさに必要とされる時代が来ているのです。
葬式仏教や観光施設で安住せずに、かと言って変な方向へ行かずに、仏教関係者は正当な需要を受けとめられるように、ここらで奮起して欲しいものです。
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