06/08/07
個人の解放8(道州制と能力別社会2)
地方自治体でも数百万の都市と人口5000人前後の村が隣同士だからと言って、共通の利害の相談をしても仕方がないでしょう。
(隣同士だからと言って、同じ問題がある訳ではなく、逆に利害対立問題のほうが大きいのです。)
むしろ、大都市近郊の小規模市町村同士・・遠く離れた似たような問題を抱えた村同士・町同士が共通の利害を持ち寄って、大都市に対する対処方法を議論したほうが合理的です。
同じことが、個人にもいえて、能力別格差の激しい時代には、弱者と強者が一つの団体に属するよりは、弱者同士が手を組んだほうが合理的なのです。
今のように国家統一制度社会では、無理に低レベルも高レベルも一緒に生活するから、却って弱者としての発言力がなく、ストレスがたまるのです。
一緒に仕事していても、テキパキできる人と一緒ではストレスが大きいでしょうが、トロクサイ同士で一緒に仕事していればお互い気楽です。
トロクサイ集団は一定時間に出来る仕事量がテキパキ組の半分しかなくとも、あるいは間違いが多くとも、その仲間同士では同じレベルの問題ですから、ストレスにならないのです。
古来から、「鶏口となるも牛後となるなかれ」と言われる原理です。
初級中級レベルの国があれば、渾然一体の国では、落ちこぼれでしかない人材(ストレスで精神病院に通う人)も、低級国では総理大臣や校長先生になれるし、一流の技術者という次第です。
その代わり生産性が低いのは当然ですから、観光立国や補助金に頼るしかないのは仕方がないでしょう。
日本列島が自然に5段階レベルくらいに住み分けされればランクの低いグループの地域ではその分所得も下がります。
しかし、窓際族になって、ストレスにさいなまれているよりは給与半減でもいいから△地方に行くか!と言う人も出てきて、自然に分化していくのではないでしょうか?
もちろん、その地方では、医師のレベル、レストランの味その他の各種サービスみんな押しなべて下がりますが、自分のレベルを考えれば、「いいとこ取り出来ない」という原理を自覚するしかないでしょう。
これは言いたい放題のコラムだから書いているだけであって、実際に政治家がこんなことを公言したら大変です。
「レベルに合わせて別々に住めばいいだろう」という主張は表向き出来ませんし、この種の問題は、テストで振り分ける訳には行きませんので、徐々に入れ替わっていくしかないので、簡単には実現しないでしょう。
実際、今でも田舎の出身の人でも,東大や一流大学に入ると東京に出て、そのまま東京あるいは大都会で就職してそのまま都会にとどまるのが普通です。
こうして、地方の人材は都会に吸収されるばかりですから、地方人材が枯渇してくる問題点を、10/02/03「地方自治と人材3(憲法38)」前後で書いたことがあります。
このようにして、何世代か続くと、地方には、人材がいなくなって自然と地域別能力的住み分けできて来たのかもしれません。
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