06/07/07
世界平和52と個人の解放7(仏教の役割1)
消費地生産・・世界平準化が行き着くところまで行き着いた社会では、生産技術の発展不均等による貿易形態・・これが大量の交易を必要としたのです・・・が縮小していくでしょう。
自由貿易の完成化が、貿易減少をもたらすパラドックスです。
こうして、西洋の中世や江戸時代のように、特殊工芸品や地域的に不足する僅かなものだけ・・・大量物流としては、不足資源の融通を中心の貿易社会が来れば、世界市民の多くは、貿易従事者ではなくなっていきます。
ただ、現在社会は、昔必要としなかった鉱物資源など新たな需要が次々と発生するので、(鉄鉱石・石油がその最たるものですが、科学技術の発達によって、昔必要性がなかったウランなど希少資源が次々と発生します。)その偏在によって、生産技術が平準化しても交易の必要性が中世よりも多く残りますが、現在との比較で総貿易量あるいは貿易の比重が減るだろうと書いているのです。
国際貿易の量や種類が減少していけば、国際貿易を目的とする商人のためのキリスト教やイスラム教・・・それらの前身であるユダヤ教などの排他的な宗教よりも、仏教や儒教・老荘のように、俗世界の競争から解脱して個人の内面を重視する宗教の方が、より必要になって来るでしょう。
と言う訳で、近代以降戦争の原因となってきた資源の国際管理時代・・民族意識の壁が薄くなる時代が早く到来することを祈り、国単位・民族単位の武力抗争時代が早く終わることを祈願して、今年の正月2日以来の世界平和に関するコラムを今回で、一旦終わりにします。
01/02/07「神事と軍事1(軍神は平和を愛する)」以来、宗教と世界平和の関心で書いて来ましたが、敵と競り合うことを本質とするイスラムやキリストなどの商業神と違い、仏教は内面の自己鍛錬を目的とするものですから、平和な時代が再び来れば、最も必要な教義であるというと我田引水の結論になりました。
それでは、
「仏教の教えは、民族意識の薄れてくるまで、あと数百年間も用がないのか?」
と言う疑問がありますが、内面世界を重視する仏教には、現在にも大きな役割があるのです。
現在では、国際競争上、05/17/02「社会の高度化と不良の増加 1」その他で書いて来たように、社会的に要求される労働能力の最低水準が上がる一方・・・上げて行くしかないでしょうから、従来は平均水準以上に働けた筈の人までも、平均水準以下に転落して行きます。
そこに、社会的不適合・内面の葛藤が生じ、精神不安・・精神障害者層が広がってくる素地があるのです。
個人の能力が重視される時代とは、社会的には格差社会ですし、一面では、個人の精神的苦労・・ストレスの多い時代でもあります。
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