06/06/07

世界平和51と宗教の役割

政治家は地域代表ではなく、国全体の代表であると言う憲法の建前は、教養のある人間は出身地域に拘らないものだという前提で成り立っているのです。憲法
第43条 両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。
しかし、あいにく選挙制度が狭い地域割り・・・選挙区で限定されているために、地盤=選挙区地域の利益誘導型政治に堕してしまっているのです。
こうした結果については、個別政治家の責任ではなく、選挙制度の問題です。
個人の生き方としては、「俺が俺が・・」と言う自己主張ばかりの人は、長い目で見れば結局、嫌われてしまうのですが、異民族間でも、出身民族にこだわるのはこれに似ています。
また、異民族が入り乱れて住む時代が来て、個々人の付き合いでも長い付き合いになれば、この関係は同じでしょう。
長い目で見れば、これが一番正しい生き方のような気持ちがします。
こだわる人と言うのは、本質的に許容量の少ない人・・・能力・・キャパの狭い人なのです。
能力に幅があれば、いろんなことに拘らなくとも生きていけるのです。
(昔から金持ち喧嘩せずとも言います・・・要は、余裕なのです。)
このような生き方が正しいとすれば、まず第1に、国民の能力の向上・・資質のいい人材を多く生み育てることでしょう。
そして、第2にこうした性向を宗教別に見ると、敵との競り合いを前提とするイスラムやキリストの教えよりも、仏教の教えに馴染むでしょう。
キリスト教は、地中海世界の発展に伴って、より大きな商業社会ルールの必要性からユダヤ教から脱皮して生まれたものですが、ローマの文明的優位がなくなって農業社会化するに連れて、農業と融合していき商業神としての役割が弱まって来ていました。
そこへ、新たな貿易の必要性(地中海世界からインド洋〜東南アジア世界へ)の発生に応じて、イスラムが、生まれたと言うのが私の仮説です。
こうした世界宗教に関する考えについては、03/03/06「商から農への転換7・・・西洋の場合3(キリスト教の多神教化)」前後や、02/11/06「ユダヤからキリストへ(農業社会への歩み寄り1と回教の誕生1)」以下で連載しました。
あるいは、世界宗教と言うキーワードで検索してみてくだされば、別の視点でも書いています。



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