06/06/07

世界平和50と個人の解放5(国際言語の重要性)

民族国家が出来る前の時代には、民族の違いをことさらに強調する必要がなかったのですが、近代では民族統一国家が集団行動の基本になって来ただけでしょう。
民族国家時代には、国内で自由に移動できる人材が有利でしたが、(国内移動を自由にできない人が過疎地に取り残されているのです)現在および近い将来には、さらにその枠組みが広がって、交通通信手段の発達と環境破壊の大規模化によって、地球市民としての一体性がさらに強化されてくるのです。
環境破壊も大規模になって、中国の環境破壊が、海を隔てた日本へストレートに影響を与える時代です。
こうした面からも、狭い郷土愛や愛国心ではなく、地球全体を考えるべき時代です。
結局は、個々人が幅広く移動出来るほうが偏狭な考えが是正されやすいでしょうし、そのためには、世界共通語の取得が必須です。
民族統一国家成立・・完成の前提条件に、言語の統一・・普及が必須であったのと同じです。
わが国では、まさに、学校の教科名が日本語あるいは言語科ではなく「国語」と言うゆえんです。
このために、19〜20世紀には世界中で民族国家完成に必須の共通語普及の尖兵として、文学者が重視されたのです。
ドーデーの「最後の授業」が、有名なゆえんです。
夏目漱石など明治の本を読むと漢字の使い方その他が、(冗談かもしれませんが・・・)まるで出鱈目である事が分かるでしょうが、日本語の統一・・普及以前に標準語の概念自体が未完成・・出来上がる途上だったのです。
国語審議会については、08/06/06「著と着の分離4(当用漢字表2)」で紹介したことがあります。
じゃあ、「世界共通語が何故英語でなければならないか?」と言う疑問があるでしょうが、先行者利益でそうなってしまった以上は、世界中を自由に移動できるためには、英語を自由に駆使できるかどうかが決定的に重要です。
標準語を話せてもこじきがいるように、英語が流暢になっても出世できるとは限りませんが、逆は真ならずということです。
地球市民=英会話能力と言うわけではありませんが、言語の重要性を軽視してはいけないでしょう。
飛行機など交通手段の移動時間が半分になるよりも、言語障壁の低いほうが海外移住を簡単にすることは誰でもわかるでしょう。
もちろん交通手段の簡便化が多くの交流を生み、ひいては国際言語習得の必要性と慣れ・・上達させる面もあります。
国際言語会話能力の習得・・バイリンガルが普通になれば、狭い地域の資源の有無にこだわる必要性のない人が増えてくるでしょう。
日本国内を例に挙げて考えれば、移動自由な人材にとっては、日本全体の利益が重要であって、一定の地域だけの利害に関係・・関心が薄れてくるのと同じです。



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