06/04/07
愛国心と利己主義1(個人の解放2)
何百年〜千年単位にわたって入り乱れて多民族が住んで来た社会では、気候風土等によって育まれる生活習慣的価値観は共通でしょう。
こうした地域では、異民族と言うだけでいがみ合う実質的意味がありません。
人間の気質については、昔は気候風土中心、今は職業別に気質の差が大きいことを、3/13/06 「わが国封建制度の実質(地方の独自性とは?)1」その他で書いて来ました。
それにもかかわらず、地域的には、居住地域の舗装率や公園や街路整備、図書館などなど職業や血縁を超えた行政サービスの享受が重要な共通利害ですから、結局は同じところに住んでいるかどうかによる利害の方が大きくなるはずです。
ところで、愛国心を強調する人が、右翼っぽく・・何となく戦争好きに見られるのは、何故でしょうか?
その原因は、いろんな意味での資源の囲い込み・・民族国家意識を煽る事につながり、ひいては戦争の原因になることにこだわる思想であるからです。
世上強調されている愛国心とは、一見自分の国を愛する心・・・公徳心の強そうな印象です。
これまで書いているように、本来は地域共通利害を守ろうとする意識が郷土愛であり、愛国心の基礎にあるべきでしょう。
しかし、彼ら愛国者の言動をみると、身近な道路の清掃や街に花を飾ったりして美しくすることなどは歯牙にもかけず、拡声器で騒音を撒き散らしながら、自国と他国との利害対立を煽ることに主眼があるのです。
昨年末26日ころに競馬ファンのコラムで、
「石原都知事の愛国心は本物か?」
と書きましたが、みんなのために、何かすると言う愛国心・・公の精神ではなく、囲い込み心の強い愛国心・・利己主義者が、国家規模に拡大しているだけでないかと言う疑問から書いたものです。
「一人2人を殺せば殺人罪だが、何千人も殺せば英雄だ」
と言われるのと同じで、大風呂敷を広げた利己主義者でしかないのが、世上愛国者と標榜している人種ではないでしょうか?
こう言う人は、自分の利己主義的性格・・・行動だけで満足できず、(自己の正当化のために)国民みんなに利己主義的行動を迫る迷惑な存在です。
利己的な愛国心や集団主義をそのままにして、平和な社会実現を目ざすのは矛盾です。
またこういう人にかぎって、自己の利己主義の正当化のために愛国心教育や教育制度改革を唱える傾向があるのは困ったものです。
集団の利害が、個人の利害に直結すると言う彼らの論理・・・「民族よ団結せよ」と言う論理からすれば、個性的な生き方は、ルール違反になるから白い目で見られがちです。
こうした意識については、横並び意識と愛国心の関係でも、平成19年2月18日・・・・・3「懐旧思想(横並び意識)と愛国心」のコラムでも書きました。
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