06/03/07
世界平和48(主権国家の消滅へ5)個人の解放1
イギリスが、長い間西洋の共同体構想から一歩引いて来たのは、海を隔てていたことが大きいでしょう。
ドーバー海峡トンネルが開通し、一体感が強まってくると、血のつながりのある遠くのアメリカよりは、地域的つながりが大きくなってきた西洋の一員として生きていくしかなくなってきたのが、この数十年の現象ではないでしょうか?
遠くの親戚よりも、近所付き合いの方が大切な時代です。
アジアでは、日本は、イギリスに比較してかなり大陸から離れていますので、(博多プザン間のトンネルは簡単にはできないでしょう〕イギリスがEUに参加するのとは、かなり趣が違います。
それに、イギリスとフランスとの国民性の違いよりも、もっと大きいのですから大変です。
それでも黄沙が飛んでくる時代ですし、中国の環境破壊が日本にも関係が出てきているのです。
こういう時代の環境整備のためには、近代に固定した狭い国境ごとの環境整備では無理になってきているのです。
国家の障壁を薄くして行くべきだと言う考えは、01/07/05「蜂須賀家の名誉2・・商人とは10(多元社会)」等これまで、何回も書いています。
国家と言う壁の厚い概念にこだわると、紛争が生じる原因になり易いのです。
この何年にもわたってコラムを書いてみると、そういう私自身、結構民族意識が強い傾向があるのには、驚いていますが、私も生まれ育った時代精神に規定されているのです。
何しろ、力道山のプロレス・・カラ手チョップを一喜一憂して見ていた単純な世代です。
第一次世界大戦以降バルカン諸国・・半島では、多民族が入り乱れていることが、戦争の火種になって来たといわれます。
何故、このような多民族共棲社会が出来上がっていたかと言えば、近代産業革命を経て植民地戦争を勝ち進んだイギリスの世界支配が始まるまでは、民族別の強固な運命共同体が形成されていなかったからです。
(アメリカの独立以降、イギリスの植民地支配の方針が変わったことを、01/21/07「世界平和28(産業革命と資源争奪4)植民地から帝国主義へ」のコラムで紹介しました。)
02/02/07「世界平和45(資源の国際管理9)国家主権の制約へ2」のコラムまで連載してきたように、資源が国際管理されて、地域単位での資源の争奪が死活問題にならない時代が再び来れば、また多民族共棲社会が普通になってくるのでしょう。
(そこまで行くのは、その前提としての主権国家思想の克服も必要ですし、克服しなければならないハードル・・生活習慣の相違も含めて・・・がいくつもありますので、まだ100年〜200年単位の時間がかかるでしょうが・・・・。)
日本と韓国や中国との生活習慣の違いは、大きな海を隔てていることが大きい・・気候風土の違いが大きいので簡単ではないですが、地続きの国ではそうした違いも大きくはないはずです。
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