06/03/07

世界平和46(主権国家の消滅へ3)

経済活動の収縮と人口政策のアンバランスが資源(人材を含め)争奪に動く話に戻ってきました。
この辺で、02/02/07・・・2「世界平和45(資源の国際管理9)国家主権の制約へ2」の続き、世界共通化・・・グローバル時代に戻します。
国家主権の制約・・これから世界平準化が進むだろうという話から、約4ヶ月間も漂流してしまいました。
そこまで書いて来たような、国際資源管理時代が来るためにも、世界全体の人口減が望ましいでしょう。
たとえば、日本列島の人口が数百万人に減少すれば、よその資源まで必要としなくなるのです。
もちろん中国も今の人口の20分の1くらいになり、アメリカ合衆国の人口も10分の1に減れば、どこでも資源は、ありあまって囲い込むどころか「いらっしゃい、いらっしゃい」という時代になるでしょう。
人口が少なくなれば、資源を求める必要性・争いは不要になるでしょうし、主権国家の壁が薄くなり、地域国家のスローガンとして発達した民族国家概念なんかは、どうでも良くなる筈です。
そうなると、地域的権力による集団の喧嘩・・戦争がなくなって来るのではないでしょうか。
(壁がごついから壁と壁がぶつかるのです)
国家などと言う概念は、本来地域的利害を統合するための便宜概念として発達してきたに過ぎない筈ですが、英米による人種差別政策がきつすぎたので、その反動として民族自決と言うスローガンが脚光を浴びたのです。
国家概念については、05/13/04国民の祝日に関する法律1・・・「国家とは?」09/14/05王権不要社会5(ナポレオンのロシア侵攻失敗)などで紹介しましたが、国家=家という意味を付与しているのは日本固有・・明治政府の考案した特殊概念でしょう。
この地域共同体を表す言葉が、一人歩きし始めて、ナチスによる民族の純化・・ホロコースト、玉突き式にユダヤ人によるシオニズム運動〜アラブ対スラエルの絶えざる戦争へと繋がり、最近ではバルカン諸国での人種別紛争などを惹起して来たのです。
9・11を契機にした「ブッシュの戦争」で、イスラム教徒への対抗意識をあおると今度はイスラム教系諸国の結束が進むのと同様です。
植民地支配時代が終わった現在では、もはや、このような支配被支配の構造を前提とした民族自決概念は、不必要と言うよりは害悪のほうが大きい時代ですから、みんながこんなことを気にしない時代が早く来てほしいものです。
これからは地域的対立が中心でしょうが、そもそも、地域で団結する必要性が何故生じたのでしょうか?



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