06/02/07
観光立国と人口政策16
観光立国とは、外国人が熟練の手法を習いに来るのを目的にするのではなく、過去の遺産や天然自然の現象を見世物にして、外国人をむやみに呼び込み、手っ取り早く外貨を稼ごうとするものです。
国内の過疎地対策・・・落伍者救済策としての公共工事なら、現在の高度社会についていけない人の救済策ですから、訓練の施しようがないレベルの人相手に何かさせるるという意味では、理解できます。
地方の観光協会に高齢者が詰め掛けているのが、そうです。
都会に出た成功者・・あるいは高度社会に一応適応している普通の人は、自分の納めた税金が地方観光地の公共工事になって、公園や遊歩道整備費用・・所得移転で設備費用をまかなっているのですから、その費用を出している都会人(成功者)が、過疎地の公共設備をで無償使用しても、経済的には均衡が取れているのです。
日本国内のお金持ち・・・都会人が、地方過疎地の公共施設を無償使用する図式を外国人のお金持ちに当てはめれば、外国から巨額補助金が交付されなければ採算が取れない関係になるのです。
すなわち観光で食っていく・・・観光立国とは、自国よりも豊かな外国からの援助金を当てにするテイの良い乞食生活を意味するでしょう。
観光立国とは、経済実質がそんなものですから、人材育成の観点から見ても問題が大きいのです。
観光立国政策は、コツコツと地道に輸出産業を育てるよりは、外国を侵略してしまおう(企業で言えば、最近流行の敵対的買収です)とする考え方と同根の思想です。
侵略とは、結局は自分で物〔人材育成を含めて)を作らず、その国の資源一切・・人材を含めて自分のものにしようとする行為でしょう。
ことは、出て行くか呼び込むかの違いだけです。
出て行く(お金があれば観光客として、武力があれば侵略者として)・・旅行者は、支配者同様にホテルや料亭でかしずかれます。
これに反して観光客として人を呼び込むのは、出て行く元気(お金または武力)がなくなったから、臨時支配者を呼び込んで、自らをサーバントに貶めるという違いです。
経済活動の縮小と人口増減のミスマッチがおきると、ある国・地域で養える以上の人口が生じます。
そうした場合、個人の動きとしては、失業・難民の発生でしょうし、集団単位で言えば、民族移動・・近代では対外侵略戦争・・・資源・・収入源を求めて域外への進出活動が活発になるのです。
このように考えていくと、対外進出活動をした政治家(侵略に成功した大王であれ、失敗した暗愚の王であれ・・・)とは、国内経済政策に失敗し、人口バランスを崩した政治家といえるでしょう。
現在では、安易な侵略戦争は出来ませんから、逆に観光客として呼び込もうとしているだけで、経済力と人口政策のバランスを崩した結果・・・政治の無策の結果である点は、同じです。
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