06/29/06

使用者責任(民法165)と連座責任4

会社や選挙運動のような、きっちりした組織まで出来ていない、雇用の場合にも似た規定があります。
今では雇用と言えば大企業を想定しますが、民法が出来たころには、お屋敷の偉い人とそのお抱え運転手と言うところが基本形だったでしょう。
民法の使用者責任がこれですが、これも、被害者救済のためと民事責任に留まるからこそ、許されるのでしょう。
ついでに、使用者責任の規定を紹介しましょう。

民法
(使用者等の責任)
第715条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前2項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

使用者責任とは、例えば、運転手を雇っている場合、その運転手が交通事故を起こしたときに、その雇い主が原則として損害賠償の責任があると言う規定です。
運転手のした交通事故の過失内容自体あるいは、信号無視をすることに雇い主との共謀がない(運転手の一存で交通法規を無視した)のが普通です。
(過積載の場合、共謀がある場合もありますが、こうしたパターンは例外でしょう)
それでも、その雇い主がトラックの運搬等による経済的利益を得ている以上は、そのトラック利用によって一定割合で発生する交通事故の被害弁償の責めに任じるのは、社会的にみても要請されることでしょう。
現在のように保険の発達しなかったときには、加害者=運転手の賠償能力の点から見ても、必須の規定でした。
しかし、運転手の不注意でよそ見をしたことについて、雇い主だからと言って違反した運転手と同じ刑事責任まで問われて、逮捕されるのでは行き過ぎです。
これは過失の例ですが、運転手が故意に信号無視したり、スピード違反した場合でも同じことです。
以上みてきたように、連座責任(一定の関係があることだけによって責任を取る)思想は、せいぜい民事と政治責任の範囲にとどめるべきでしょう。
息子の不祥事があると親が公職を辞任したりしますが、責任はそこまでであって、息子と同じ刑罰を受けるのは行き過ぎです。
共謀罪は、共謀・・意思の連絡があるから良いだろうと言う考えですが、その代わり実行行為・・・たとえば、殺人など実際の行為がなくて相談しただけで、犯罪になるのが問題となっているのです。



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