06/25/06

公僕の変遷1(憲法163)天皇主権と国民主権2(保険制度)

勿論、公の僕(しもべ)と言うだけでは、公すなわち「お上」と言う旧来の考えからすれば、戦前と少しも変わりません。
奉公すると言う熟語、あるいは「滅私奉公」の利用例から知られるように、戦前までは「公」とは「私」との対立概念で、私を含まないものでした。
戦後「公」とは私の利害を含めた・・・わたしも参加する団体全体の利益として用いられていますが、このようになったのは、主権在民の概念が確立してからのことでしょう。
保険制度は、戦前からありますが、相互組織から始っていますので、国民主権国家と同じ仕組みです。
あるいは株式会社の株主も、勿論構成員ですし、明治以降いろんな組織が、組織の構成員に変わっていたのに、国家・公共団体だけが対立概念として残っていたのです。
今でも、保険に入った以上は、使わなければ損だと言う視点で、少しでも何かあると病院通いばかりする公意識の低い?人がいます。
あるいは、歩きながらごみを捨てるような人も、同じでしょうか?
こう言う人にとって、「公」とは、自分とは別の利害対立する団体であり、支払いは、ビタ一文でも損だから嫌だし、貰えるものは少しでも、貰わねば損だという基本的考えで生きているのでしょう。
敗戦の結果、天皇主権から主権在民へと、天地がひっくり返るような意識変革があって、公の概念も正反対に入れ替わったのですが、まだその古い意識を変えられない人々でしょうか?
主権在民・・あるいは国民主権と言う意識変革が前提にあって、しかもこの条文のように、国会(・・国民)に対し責任を負うと明記されるような憲法上の骨格があってこそ、公=国民の意思で構成される日本国・・・ひいては所属する団体の利益などという意味に入れ換わったのです。
今では、民間でも、個人の利益と会社または組織全体の利益と言う使い分けで、公的とか、公金とか、公私の区別などとして使い分けられています。
その結果、公=天皇あるいは、主人ではなくなったことが演繹され、公僕=国民が主人であり官吏・・・戦後は公務員となりましたが、・・・彼等は、国民に仕えるべき僕(しもべ)と言うことになったのです。
国民主権については、今では誰でも知っている事柄ですし、憲法のあちこちに書かれていますので、ご存知でしょうが、念のため、少しだけ紹介しておきましょう。

憲法
前 文日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
第1章 天 皇
 
第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

 


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資