06/22/06
戦後の内閣制度7(憲法161)防衛庁の省昇格の是非3
ただし、前回の意見は、現役ないし退役の軍人が、大臣として内閣を構成することを前提にした議論であって、今のように文民=政治家が逆に軍のトップになる仕組みでは、このような議論をする必要がないかのようです。
軍から内閣に監視役として大臣が派遣されていた戦前とは違い、戦後は、軍の独走を抑えるために、軍・・防衛庁のトップに内閣から派遣しているのです。
この文民制は、軍の暴走を政治家が抑えるために考え出されたものです。
このためには、大物政治家が軍のトップになったほうがよいと言うことから、国務大臣が防衛庁長官になっているのでしょう。
しかし、その意味からすれば、他の省庁の大臣のように所管省の主張を通すため・・・・調整するために内閣に参加しているのではないのですから、他省庁の大臣とは目的が180度存在意義が違うはずです。
防衛庁長官は、内閣の意を軍部・・・自衛隊に浸透させるのが目的であって、防衛庁の主張の代弁者であるべきでは有りません。
政治家の大臣(文民)が長官になっているのは、議院内閣制の逆張りのようですが、この文民制が本当に機能すればの話であって、普通は、一人や二人乗り込んでも、
「ミイラ取りがミイラになる」
の比喩が妥当するでしょう。
現実は、他省庁の大臣同様に、防衛庁で一生懸命勉強してきて、防衛庁の言い分を内閣で反映させるのに汲々としているのが歴代長官ではないでしょうか?
今でも大臣は、所管省庁の代弁者に堕しているのが現実ですから、軍部が力を持つようになると、文民の政治家は今以上にその代弁をするようになるでしょうから、実際には、文民に限定してもあまり効果がないのです。
今でも各省大臣に就任した政治家は、退任後、その各省の理解者・・・後援組織の強力な族議員・・・ボスに収まっているのが普通です。
このような実態・・歴史から見れば、将来軍部がどのように発展するか不明ですが、防衛庁自体・・軍部の発言力を回復しようとする庁から省への昇格は
「百害あって一利なし」
と言うべきであり、やめるべきではないでしょうか。
省への昇格は、
「自衛隊職員の士気を高めるため」
と言う子供だましの意見が表向き語られます。
しかし、これは実は子供だましではなく、06/09/06・・2「明治憲法11(軍人勅諭1と統帥権2)」のコラムで説明しましたが、軍国日本の精神的基礎は、この士気を高めるために、「皇軍」として教育しなおすことから始まったものでした。
そのうち、省になっただけでは、士気が高まらないので、「天皇の軍隊に昇格すべきだ」という意見が出てくるのでしょうか?
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