06/20/06
国際秩序3(異文化共存できる平和2)
アメリカの核の傘・・・ で安穏としていようと言う意見は、パックスアメリカーナは自分では手を汚さないが、アメリカの武力によって国際紛争を解決していこうとする点では、武力に頼る思想です。
この考えは、武力に訴えて紛争解決する権利を放棄し、国際信義に委ねようとする憲法第9条及び前文の精神に反するのです。
國際信義と言うとロマンチックで現実離れしているようですが、実は、昔は宗教に裏づけられた道徳律・・今は事実上の強制力のある市場経済ルールに収斂していけるのです。
弱小国にいたるまで、みんな一定の規模の核兵器を持てるようにすることで、世界での発言力は平等となるでしょう。
そうすると道義に基づく解決しかなくなりますから、大きな国一つよりも3っつか4っつに分割した方が3〜4倍の発言力になれるのですから、国家をとどめどなく、大きくしたいと言う変な思想が陰をひそめ、戦争の原因になる領土紛争自体が大幅に減るでしょう。
国内で言えば、大きな地域から1人の代議士を出すよりも、ある県や大都会の選挙区を分割して、より多くの代議士を出したいと言うのと同じです。
道義に基づく市場経済の場合も、同じで、大国かどうかが発言力の源泉では有りませんから、領土欲に繋がらないことも、11/13/05「冊封支配の知恵の消滅3(農業主体国家の領土欲3)」等で既に連載しました。
ここで核兵器の話しは一旦終わりですが、 6月17日・・・・・・3「憲法152(改憲論の虚実)必要な戦力とは?1」のコラムで、最初に「意外に」と書いたように、タブーなしに核兵器の有用性を検討してみると、「意外に」有用な感じになったのには、私自身が驚いています。
核兵器が絶対に良いとか悪いと言うのではなく、建前を言って御茶を濁すのではなく、自衛のための軍備が必要かどうかを正面から議論すべきです。
その結果もしも自衛力が必要というならば、タブーなしにオープンな議論してみる必要があるのではないかと言う視点で、17日以降話題を提供してみただけですが、検討を進めてみると意外に核兵器も有用な感じですが、皆さんのご意見は如何ですか?
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