06/20/06
核兵器7と通常兵器(偶発戦争の確率3)国際秩序1
核兵器とは違い、通常兵力の場合、既に書いたように小選挙区制度と同じで、兵力の僅かな差が、先勝に導き、その後は圧倒的優勢になるのですから、軍拡競争になり易いのです。
そのうえ、先制して相手の戦力の半分・・何割かも殺いでしまえば、後の戦いは、優勢に進みますので真珠湾攻撃のように奇襲攻撃の誘惑が起きます。
しかし、核兵器の場合、先制攻撃によって、相手の核兵器の大半を破壊しても、ホンのちょっと残った核兵器による報復だけでも、先制側も壊滅的打撃を受けてしまうので、先制攻撃するには躊躇せざるを得ません。
このように偶発戦争はかえって、通常兵器よりも発生し難い可能性があるのです。
その上、何かモメゴトがおきても、本格的戦争をする訳に行かないので、右翼がむやみに愛国心を煽りませんし、マスコミも抑制した報道を心がけることになります。
相互に相手を非難しても始らないので、何とか話し合い解決を目指すので、平和裏に解決できることが多くなるので、一触即発の危機状態自体が発生しないでしょう。
過去の事例では、一度だけ、旧ソ連とアメリカでキューバ危機がありましたが、老獪なフルシチョフが、これを回避してことなきを得ました。
(ケネデイ人気が、何故か高いのですが、彼は青かっただけでしょう。)
以来、核保有国間でそのような危険な場面は、全く起きていません。
核の偶発戦争のリスクなどを恐れる意見は、実は現実離れしている観念論というべきでしょう。
このように核兵器は攻撃用には全く不向きだけでなく、専守防衛にぴったりの兵器ですから、自衛のためならば、核兵器一本に特化すべきでしょう。
ところで、前回コラムに少し書きましたが、みんなが核保有になると如何に悪いことをする国があっても武力制裁を出来ませんので、悪い奴・・国はやりたい放題になるのでしょうか?
この心配は、秩序と言うものは、最高権威による物理的強制力があってこそ、保たれると言う思想によるのでしょう。
われわれが法律を守るのは、違反すると国家権力による制裁があるから守っているに過ぎないと言う考えです。
あるいは、民事での裁判外の示談が成り立つのは、背後に裁判したら勝つかまけるかの予想があるから、合理化されると言う考えも同じです。
しかし、こうしたルールによってこれを守ると言う意識は、実は近代になってから、はびこった考えに過ぎないのではないでしょうか?
カントの言葉であったか、「心のうちの道徳律」が廃れ始めたので、こう言う哲学が生まれたのでしょう。
むしろ、その前は、処罰されるか法律に書いてあるかどうかではなく、各人の道徳律・宗教観などによって人が見ていようと見ていなかろうと、悪いことはしない、人道に反することは出来ないと言うのが普通だったでしょう。
10/28/04「刑罰の目的4(自然犯と法定犯4)刑法19」前後で、刑法犯には、自然犯と法定犯の区別があると書きましたが、いわゆる自然犯については、各人の道徳律で原則的に足りるのでしょう。
これに反するときだけ処罰があるのであって、どのような法律があるかについて予めの知識を持つ必要がないのです。
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