06/17/06

憲法151(戦力とは?4)統治行為理論3=国民を馬鹿にすること?

最近では原子力発電所の事故隠しなどなど次々に暴露されましたが、今では実態をそのまま隠さず国民に報告するのが結果的に正しいことだという国民合意が出来ているのではないでしょうか?
こうした機密扱いは、最近はやらなくなりましたが、裁判所の姿勢はこれと同じで、民主国家以前の愚民扱いです。
裁判所のこうした姿勢・・・怠慢の結果、憲法に違反していても、違反していないと言う権力者の言い分に従わねばならなくなっています。
これでは、何のために憲法があるのか意味不明にしているとも、言えるでしょう。
西洋で言えば、裸の王様のお話・あるいは中国では「鹿を馬」と宦官の超高に言わされた秦の第2代皇帝胡亥のようです。
これは、ご存知の「馬鹿」の語源ですが、狩のときに飛び出した鹿を見て皇帝が「鹿が・・」といったところ、そばに控えた超高から、(自分の権勢を確認するために)「あれは馬です」とたしなめられた故事によるものです。
そんな馬鹿な「あれは鹿だろうが」と、皇帝から問い掛けられた居並ぶ高官は誰一人、超高の権勢に逆らえず、皇帝に同意出来なかったと言われます。
鹿を鹿と言い張る皇帝一人が、孤立し、「鹿と馬の区別もつかない」と笑い者にされてしまったと言う故事です。
今更、「自衛隊は軍隊だから違憲だ」と主張して裁判したら、「大人げない奴だ」とみんなの笑いものになるのでしょう。
大人になるって言うのは
    「鹿を馬だ」
と、いわされることでしょうか?
ま、私は皇帝ほど偉く有りませんが・・・・。
鹿を見て、「あれは馬だ」と超高が言い張って、誰も反論できなかったように、あるいは、裸の王様を見て、大人はみんな素晴らしい洋服だといわねばならなかったように、大人になるって、今でもそんなにつらく生き難い社会でいいのでしょうか?
最近、ニートや精神病者・・病質者が増えている訳です。
子供には事の重大性が分からない世界がある・・・同様に自衛隊が戦力かどうかは、高度な政治判断であるから、国民には分からない・・いや分かるべきではないと裁判所は考えるのでしょう。
裁判所は、紀元前の超高のように、
    「馬と鹿の見分けは高度な政治判断だから、馬鹿になってろ」
と言っているのでしょう。
結果的に超高のような権力者に遠慮して、裁判の対象にしない・・黙って誰も答えられない国って、おかしくないでしょうか?
このようにして、国民を黙らせることができても、世界中が見ています。



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