06/12/06
枢密院の役割2(OBとは?)
枢密院に人材を得なかった点は、山縣有朋のような偏狭な人物が長生きしてしまい、長年牛耳ってしまった個々の要因から見ることも出来ます。
しかし、大局的に見るこれまでの私の意見に従えば、実務家が、物事をきめるべきであると言うルールに反したところにあると言えるでしょう。
枢密院とは、つまるところOBの集まりですが、OBは飽くまで実務から遠ざかった人材であって現役のような実務感覚は有りません。
実務を担当している現役が、判断に迷ったときに参考意見を聞ければ、いいのであって、Bが決定権まで持つて強制するのは行き過ぎだったでしょう。
自分で決定までする能力があるならば、現役として頑張ればいいのです。
OBとは、現役引退者の謂いですが、現役時代には有能な政治家であっても、老化等で政治能力が衰えたりしたために(もうやれなくて)引退した者でしょう。
また、老化しなくとも、実際に総理になって見ると失政で地位を失ったもの、今の森前総理のように、現役のときはへまばかりで退陣せざるを得なかったりした者もいます。
いずれにせよ、OBは、元は有能であっても年齢その他の理由から、能力にあまって辞めた人でしかないのですから、彼らOBが、現役の内閣のうえに君臨する仕組みは論理的に無理があったのです。
これはスポーツ選手など、実力勝負の世界で見れば明らかで、いかなる元名選手といえども引退した以上は、現役に叶わないのは明らかです。
相撲の場合で言えば、かつての名横綱も引退した以上は親方として指導・アドバイスはできますが、言って聞かせるのは面倒だからと言って、自分が土俵に上がることはないのです。
枢密院の制度は、世界大会あるいは、決勝戦に出るのは、OBだけと言うルールをつくったようなものです。
実務を引退したものは、せいぜい現役から相談されれば、参考意見を言えるだけでしかないのに、最終決定までする・・・現役以上の仕事をする権限を与えた枢密院制度は制度的に無理があったのです。
ましてや、OB政治家だけでなく、政治経験の全くない皇族やその他顧問までいるのでは、なお更です。
戦前の制度破滅は、実務からはなれたOB・・・枢密院に、時代に即応した高度な識見を期待するのは、無理であったと言うことに尽きるのではないでしょうか。
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