06/08/06

内閣10(明治憲法9)「内閣官制2」

ただし、実際のことをいいますと、取締役会で選任される筈の代表取締役の一存で、実際は、次の取締役や常務などの人選が決まるように、事実上の指導力で世の中は廻っていて、それで普通は充分なのです。
あるいは、いろんな委員会でもそうですが、委員長が委員から選ばれるのではなく、委員長が事実上委員を指名していることが多いのです。
しかし、任期満了を待たずにイキナリ閣僚を罷免するには、現行法のような明確な権限がなければ出来ないでしょうから、実質も大違いになります。
憲法制定前の明治18年の内閣制度は、今の内閣にかなり近いですが、それでも罷免権までもっていなかったので、小泉さんのように、言うことを聞かない農水大臣を小気味良く(即刻です)罷免(昨年の衆議院解散)できなかったのです。
それが、更に明治憲法とその次の内閣官制で権限を弱められたのですが、この内閣官制は、明治40年に部分的な改正が行われたものの、昭和22年に「内閣法」が制定されるまでの間、約60年の長きにわたって施行されてきた戦前の基本的な制度でした。
 
話しを戻しますと、「統督す」る権限もないのに閣内不統一の責任だけが、総理にあるような文章ですから、事実上の指導力に頼るしかなかったのです。
ところが、戦前・・明治憲法下では、陸軍大臣や海軍大臣も内閣の構成員でしたから、選挙で勝った政党で組閣される総理大臣の事実上の指導に対し、昭和に入って、軍部が従わなくなってくると、閣内不一致の問題が生じてきます。
これは後にも書くつもりすが、政党内閣が出来たときに、これにあわせて憲法の骨格を改正しなかったこと・・そこまで出来なかったことに、基本的な原因があると私は思います。



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