06/08/06
内閣9(明治憲法8)「内閣官制1」
明治憲法(大日本帝国憲法)は、既に紹介したように内閣に一言も触れない以上は当然ですが、内閣総理大臣についても特段に規定することがありません。
天皇を輔弼する関係においては、内閣総理大臣も「国務各大臣」の一人として、他の国務大臣と同格である建て前を、逆に明らかにしたのでしょう。
憲法発布の同年(明治22)年12月24日、憲法の骨格に合わせて内閣制度運用の基準として、「内閣官制」が公布されます。
この「内閣官制」は、明治18年の「内閣職権」をおおむね踏襲していたものの、明治憲法の骨格に合わせて、内閣総理大臣の各省大臣に対する統制権限が弱められたのです。
内閣総理大臣は「内閣官制」によって、
「各大臣ノ首班トシテ機務ヲ奏宣シ旨ヲ承ケテ行政各部ノ統一ヲ保持ス」(第2条)
と定められていましたが、明治18年の内閣制度で、「大政ノ方向ヲ指示シ行政各部ヲ統督ス」と、積極的に支配命令できる規定に比べれば、トーンダウンが明らかです。
他方で、「行政各部の統一を保持す」と閣内の意見を統一する責任だけあって、統一する権限を認めないような書き方です。
統督権がないのに、「行政各部の統一を保持す」とあるのが、後の命取り・・軍部の独走に繋がるのです。
閣内統一義務がある以上は、命令も出来るし、罷免も出来なければならないと言う方向へ解釈が進むべきだったでしょう。
他方で、何も書いていない以上は、統一のための命令・・統督権も認めないで、他方で
「閣内不一致を理由に総辞職しなければならない」
と解釈する憲法学者も出てきます。
こうした玉虫色の解釈を許す規定は、その後の政治情勢次第で前向きにも後ろ向きにも変わるもので、危険です。
制定者にしてみれば、自分が決めてしまうのではなく、後世の進展にゆだねようという気持ちが働くのでしょう。
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