06/05/06

内閣制度の時代3(内閣職権と明治憲法1)

すなわち、明治18年(1885年)12月22日の「内閣職権」では、内閣総理大臣は
「各大臣ノ首班トシテ機務ヲ奏宣シ旨ヲ承テ大政ノ方向ヲ指示シ行政各部ヲ統督ス」ること(第1条)
「行政各部ノ成績ヲ考ヘ其説明ヲ求メ及ヒ之ヲ検明スルコトヲ得」ること(第2条)
などの強い権限が与えられ、各省大臣には
「其主任ノ事務ニ付時々状況ヲ内閣総理大臣ニ報告スヘシ」 (第6条)

となっていて、かなり権限が強いのです。
伊藤博文が自分の就任する予定の職権ですから、出来るだけ外部からの制約を少なくしたかったのは人情でしょう。
勿論天皇の下位では、ありますが、一種の大統領のように、内閣総理大臣の権限を強くしたのです。
次に成立した明治憲法下での国務大臣の規定と比較すれば、憲法制定前における内閣総理大臣の権限の強大さが分かり易いでしょう。
明治憲法制定により、内閣制度がどうなったかを見ましょう。
明治22年(1889年)2月11日に公布された明治憲法(大日本帝国憲法)の下においては、

大日本帝国憲法
第四条
 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ として、天皇が統治権を総攬するものとする大原則が宣言され、国務大臣については、わずかに以下2つの条文しかないのです。
 
第四章 国務大臣及枢密顧問
   
第五十五条

 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス

 凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス
第五十六条
 枢密顧問ハ枢密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応ヘ重要ノ国務ヲ審議ス

と定められていましたが、内閣総理大臣や内閣それ自体については、憲法上特段の規定は設けられていなかったのです。



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