06/03/06

元老院と枢密院4(ローマの元老院と日本の元老院)

ところでみなさんを含めて、殆どの日本人は、元老院というと古代ローマの政体でしかイメージしない(映画でも古代ものに多いです)と思うのですが、08/08/05「検察官10と代官(Procureur)1」
で書いた検察官の語源同様に、元老院も日本語なのです。
逆説的ですが、日本で元老院があったからこそ、古代ローマの偉そうな人の集合体を元老院と翻訳するようになったのでしょう。
元老院は世界で日本で最初に出来て、その後に、ローマの元老院と言う翻訳が出来たのですから、日本の元老院が世界で一番早く出来たことになる?のです。
もしも、日本で元老院がなかったならば、(同じ綴りなのにアメリカでは上院と訳されています)古代ローマのSenateを元老院とはいわなかったでしょう。
ただ、これまで書いて来たように、元老院は、実は、明治の元勲の集まりではなく、内閣の下位機関である少壮気鋭の官僚の会議体に過ぎなかったのですから、何故、元勲の集まりのような印象で現在流布しているのか分かりません。
漢字の印象だけが、一人歩きしているのでしょうか?
ちなみにアメリカ合衆国のUnited States Senateは上院と訳されていますし、フランスの le Senatも上院です。
カナダのSenateも、イタリアのSenato della Repubblicaも、 その他の多くの国の制度は上院と訳されているのです。
ところで一般の印象ですと、元老院と言う名称を聞くと、とても偉い人の集まり・・枢密院のようにあるいは、徳川期の老中会議のような最高権威機関を想像してしまいます。
しかし、6月2日・・・・・1「元老院と内閣の始まり1」のコラムで書いたように、元老院の審議結果は、内閣で決裁されなければ何回でもやり直さざるを得ない弱いものだったのです。
元老院と言うのは、いまの各種審議会程度の役割だったのでしょうか?
話がいつものように次々と飛んでしまいますが、ともかく相次ぐ改組の結果、古色蒼然たる太政官制が徐々に変革されて司法省や文部省などに変わってくるのです。
司法省ができると、直ちに旧来の律令系学者による法典編纂作業を止めて、明治6年にフランス人法学者・ボアソナードパリ大学教授を招いて顧問とします。
その後は、一気に西洋風の刑法典や刑事手続法の編纂作業が進められたのです。



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