06/03/06
元老院と枢密院3
枢密院は、中国・・元の枢密院の制度・名称によるものですが、元では行政の中書省、監察の御史台と並ぶ、軍事を司る最高機関でしたが、日本の枢密院は軍事に関しませんから、元の名称を借りただけのことです。
枢密院官制(1888〔明治21〕年勅令第22号)
第1条
枢密院ハ天皇親臨シテ重要ノ国務ヲ諮詢スル所トス
枢密院の「諮詢」の使用例の続きです。
大日本帝国憲法
明治22(1889)年2月11日 公布
明治23(1890)年11月29日 施行
昭和22(1947)年5月3日 日本国憲法に改正
第56条
枢密顧問ハ枢密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応ヘ重要ノ国務ヲ審議ス
明治憲法の制定についても多くの教科書では、「枢密院の諮詢を経て・・」と書かれていますし、以前05/19/04「皇室祭祀令 2と雅子妃殿下の苦悩1」前後で紹介した登極令その他の法令も、殆どが「枢密院の諮詢を経て・・」と書かれているのです。
登極令(明治42年皇室令第1号)
朕枢密顧問ノ諮詢ヲ経テ登極令ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム第一条 天皇践祚ノ時ハ即チ掌典長ヲシテ賢所ニ祭典ヲ行ハシメ且践祚ノ旨ヲ皇霊殿神殿ニ奉告セシム
第二条 天皇践祚ノ後ハ直ニ元号ヲ改ム
2 元号ハ枢密顧問ニ諮詢シタル後之ヲ勅定ス
第三条 元号ハ詔書ヲ以テ之ヲ公布ス
日本国憲法(現行)は、大日本帝国憲法の改正手続きで制定されたもので、公布に当たっての天皇の詔がありますので、紹介しておきましょう。
公布の詔
朕は,日本国民の総意に基いて,新日本建設の礎が,定まるに至ったことを,深くよろこび,枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第73条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し,ここにこれを公布せしめる。
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