06/25/05

ススキと荻の運命(荻生徂徠・・儒学から経済学へ)

麻の話から大麻取締法とその存在意義に行ってしまいましたが、ススキの運命は、どうなったでしょうか?
ススキは、そもそも川原など荒地に自生するので、他の作物の栽培や人間の居住地域の拡大とはつい最近まで競合しませんでした。
広い川原や土手付近は、台風の度に氾濫したり水浸しになることもあって、戦後ダムやコンクリート護岸が発達するまでは、他に使い道がないので、そのまま放置されていたのです。
ま、私ら子供のころには格好な遊び場でしたので、無駄な空間だったと言うわけではありません。
今では運動公園やゴルフ練習場その他に整備されて、ススキは追い出されてしまいましたが、これはまだ、ホンの数十年のことです。
この鎮魂歌が、「俺は川原の枯れススキ・・・・・。」と一世を風靡した歌謡曲になるのでしょう。
歌に惜しまれるほど、関東人には親しみの多い草でした。
千葉県には累次に亘って移民が入って来たことを紹介していますが、縄文以来の住民の生活する内房海岸沿いの地域には、入植民にとっては違った生活様式でしたので、土着民の生活域には関心がなく、戦後の高度成長期まで、競合しなかったのと同じで、ススキも人間の居住域・産業構造の変化に関係しないで、最近まで生き延びてきたのです。
但し、都内の荻窪や井荻などの地名になっている荻類は、都市化の進展によって早くから消滅していきました。
荻の適地が湿地帯・人里に近い分だけ、早くから人に知られ、人の居住区域の広がりに合わせて姿を消すのが早かったともいえます。
ちなみに、荻とはススキ科の一種でススキよりも白い花穂が特徴だそうですが、その区別ができる人は殆どいないでしょう。(私も分りません)
ただ、荻は湿地帯に群生する性質があるので、人里に近く、ススキよりも身近な存在でしたので、江戸期の早い段階から苗字や雅号に利用されてきました。



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