06/23/05
関東平野の原風景とは5?(調布と阿佐ヶ谷・麻布の地名由来)
調布市の調とは、租庸調の一つの調ですが、調とは租庸以外の貢物、主に反物を言ったと説明されます。
反物類と言われると、私などはつい、現在風の反物のイメージで聞いてしまうのですが、当時は木綿はなくて麻と絹しかなかったのです。
ワザワザ都まで持っていくのだから、「布」という文字から絹でも取れたかと思う人が多いでしょうが、私の推測では、麻布(ぬの)のことでしょう。
絹・・蚕を飼うには、桑の木が必要ですが、現在の調布市の周辺(多摩川周辺の低地です)で、桑の木の畑があったとは、とても思えません。
蚕を育てて、生糸・・・から絹織物は、時代が下っても北関東の特産でしょうし、低湿地帯ムキではありません。
(北関東の絹織物はは明治以降大発展したので、古代にはまだ養蚕業は発達していなかったように思われがちですが、奈良時代には既に絹織物を献上した記録もあるそうです。)
結局は、納税用の布=調布(麻)を多摩川の流れで晒した場所となるのでしょうか?
調布のついでに、今をときめく港区麻布(あざぶ)はどうでしょうか?
これは文字とおり麻の布ですが、何故こんな所にこういう地名があるのか不思議です。
この辺で麻田があって、麻布(ぬの)が取れたからというのが普通ですが、江戸時代直前までは、この近くまで海があったのですから、ちょっと無理があります。
私は、アイヌ語の同じ音(渡し場?)を意味不明のまま、阿佐布、麻生、浅府、安座部、などと多様に書き表してきたところ、最後に発音が似ていることから武蔵野国に多い麻という字をあてるようになった単なる誤用・間違いだと言う説が(人の説に私の考えが混じっていますので、そのままの説があるとは限りません。)突飛ですが、面白いと思っています。
ついでに言うと、中央線沿線の阿佐ヶ谷は麻布に比べてかなり内陸ですし、前回紹介した豊多摩郡内ですから、本当に麻に関係する谷・・低地だったでしょう。
それに近くには、荻窪など荻(ススキの仲間です)に関係する地名もあります。
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