06/20/05

入植と先住民の関係1

和人がアイヌ人を追い出してしまったのか?というとそうではなく、アイヌ人は元々麻のはえる原っぱには関心がなかったので、アイヌ人のいないところへ住み着いただけなのでしょう。
千葉への累次の移民もそうですが、土着民を追い出して移民してきたのではなく、土着民の生産活動方式では無価値な地域へ、新しい生産方式を持ち込んで順次入植していったに過ぎないのです。
移民の方式については、06/17/05・・・2「千葉の歴史29(千葉県人とは18)縄文土器と粘土 2」のコラムで紹介しました。
土着民を追い出したのは、06/16/05・・・1「千葉の歴史27(千葉県人とは16)デイズニーランド以前と縄文人」で紹介した戦後の高度成長で、魚業補償金を支払って追い出してしまったのが最初で最後でしょう。
この追い出し式が、成田空港でも採用されましたが、追い出し方式は、日本の歴史上初めてのことですから、そりゃあ揉めますよ・・・・・・。
これから飛行機の時代である・・・あるいはコンピューターの時代であると言っても、そりゃあその人が飛行機やコンピューターに携わればいいのであって、関係ない人に出て行ってくれというのは行き過ぎでしょう。
デイズニーで遊びたい人は勝手に遊べばいいのであって、遊びたくない人に出て行けというのはおかしいでしょう。
「それなりの補償金を渡すから良いじゃないか!」と言うのは、役人的発想であって、先祖伝来・生涯の仕事を奪われて一時金を手にした漁民や農民の殆どの人が、瞬く間にお金を使い果たして、歴史の闇に消えていくのです。
多分貝を拾っていた人たちには、いきなりの時代適応が困難でしょうから、最低生活者に落伍しているのではないでしょうか?
アメリカインデイアンや満州開拓で、土地を取り上げられた現地人(先住民)は、お金を受け取ったかどうかの問題ではないでしょう。
戦後は空いてる土地がなくなったので、二者択一、追い出し式しかなくなったのが事態をこじれさせるのでしょう。
但し、今でも千葉ではいくらも未利用地がありますので、公共工事で住民の立ち退きは困難ですから、関係ないバイパスを作って旧道は狭いまま残しているという方式が普通です。
あるいは、旧市街の再開発は困難ですから、いくらもある未開拓の雑木林を切り開いて大規模な住宅団地を造成して理想的な都市を創造する例が多いのです。
私が始めて千葉に来たときに、そうした新興大規模団地に住んだのです。



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