06/19/05
麻の歴史2
麻の歴史自体は古く、紀元前何千年も前のエジプト時代から栽培?されてきたようで、ギリシャ・ローマ人も麻布(ぬの)を身につけていたようです。
しかし、実際に地元で栽培までされていたのかどうかの、詳しいことまでは(私には)分りません。
後に書くように、麻はどちらかといえば、冷涼な気候に自生するものですから、麻を知っていたというのと身近に栽培して日常的に使用していたのかどうかは別問題です。
ガラスが正倉院御物にあるからと言って、当時生産してみんなが使っていたわけでないように、昔からあるということと、大量に生産されて一般化されていたかどうかとは別問題なのです。
信長がギャマンで血の色をしたワインを飲んだことをあちこちに書かれていますが、だからと言ってそのころから日本でワインが一般化したものではないし、ガラスも普及していたのではありません。
古代エジプトに麻があると言っても、本当に行き渡っていたのかどうか、どの程度使われていたのかを知りたいものです。
ギリシャローマ時代に、貴人が麻を身にまとったらしいのですが、これも、儀式や正装用だけで普段は使わなかったのかどうか、そうしたところまでは分りません。
(背広は自宅では着ませんよ〜)
木綿だって、紀元前からあったそうですが、実際に日本で普及し始めたのは戦国末から江戸中期ころからというのですから、こういう実際を知りたいのです。
ただ、麻の産地はオランダなどの寒い地方・・・・日本でも関東平野など、割合に冷涼な地域が産地として知られています。
勿論関東だけでなく、日本中どこでもでも少しは取れたでしょうが、それほど産地として認められるほど適していたわけではないのです。
オランダや仏独あたりになると麻の適地ではあるものの、麻では寒いので、麻は好まれず、一般人の衣類は木綿時代が来るまでは毛皮中心で来たのでないかと言うのが私の妄言です。
日本で言えば、アイヌ人にも麻があったでしょうが、北海道のアイヌは毛皮中心のイメージで描かれているのと似ています。
他方、エジプト・地中海方面ではさっぱりした麻は好まれたでしょうが、そのかわり地元で大量に取れない難点があって、高級品のままで一般化はしなかったのではないか?というのが私の仮説です。
日本の場合は関東(坂東)と都は同じ国内として、同じ民族同士ですから、流通が簡単だったので、みんながすぐに「麻文化」「麻コンプレックス」に適応していたと思われます。
これまで書いているように、麻が必要・・または有用となれば、和人が大挙して坂東の地に押しかけ移民していったのです。
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