06/19/05

麻の歴史1(西洋に裸体像が多いわけ?)

裸または毛皮しかなかった人類が、身にまとうものとして、麻の発見・その繊維化に成功したことは、人類にとっては、画期的な大進歩でしょう。
土器の製作に匹敵する大生活革命だと思うのですが、こうした生活に密着した情報はあまり学校で教えないように思います。
人類といえば大袈裟ですが、西洋では木綿以前はどうだったか、今のところ私にはよく分りません。英仏独その他北ヨーロッパ諸国では、近年まで毛皮または毛織物が重要な衣類であったことから見れば、麻の発達は緩やかだったのではないでしょうか?
これも私の妄言ですが、暖かい地中海方面では毛皮や毛織物は不要ですから、殆ど裸だったように思うのです。
ミケランジェロのダビデの像に始って、ボッチェチェリーその他のルネッサンスの絵画・彫刻、もっと遡ってもギリシャのヴィーナス像など殆ど裸です。
西洋系美術の先生に何故裸体の彫刻や絵を書くのかを聞くと、裸体の方が、衣類や身につける物がないので、その対象者の身分その他を連想させない。
純粋な人間そのものを、表現が出来るというのです。
もっともな言い分ですが、たまたま西洋の昔は裸が多かったので裸の人物彫刻や絵画が残っているだけなのに、彫刻や絵を書くとなれば「裸でなければならない」と、その名残りを無意識に有り難がって踏襲しているだけではないでしょうか?
幸いわが国では、裸時代の彫刻が残っていないので、日本画ではそうした趣味?慣習がないだけではないでしょうか?
こうしたことは、仏像彫刻でも見られ、ともかくインドの風物に根ざしたような衣装や髪の毛が多いのです。
いろいろな分野でやっている所作を探ってみると、意外にどうってことのないある地域の風習をありがたがっていることが多いものです。
西洋の先史時代のハルシュタット文化を形成したケルト人の狩人の像でも、全裸で馬に乗っています。
(これは、まさか高邁な芸術思想で作ったものではないでしょう。)
また、もっと時代が下ったローマ軍と戦うゲルマン人の兵でも、みな裸だったと言われています。
もしかしたら、麻は自生しなかったか、自生していたとしてもホンのわずかだった可能性があります。
「木綿以前の西洋人の多くは裸だった」(寒い地方では毛皮のほかに毛織物が発達したようですが直に着るのでは大変です。)という私の妄言を読めば、西洋人は怒るかもしれません。
歴史の本はゴミ捨て場に捨てきれないほどあるのに、書いているのは政治家や、軍人の事跡が中心で、こうした具体的なことになると少ないのです。



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