06/17/05

関東平野の原風景とは?(麻とススキの原っぱ?)1「鈴木さん」

ここで千葉だけでなく、千葉県の属する関東平野も含めて歴史風土についても見ておきましょう。
ちなみに日本列島のことを古来から「豊葦原瑞穂の国」と言いますが、畿内から西、大目に見ても濃尾平野まで、少なくともこれは関東平野を除いた概念でしょう。
同じ原野や湿原でも関東平野は、元が火山灰土ですから生えているのは葦やヨシではなく、麻やススキだったようです。
ご存知東京の多摩地区は、文字とおり麻の多いところ=多麻という意味です。
ススキは万葉歌人山上憶良の詠んだ歌で、「秋の七草」に数えられていますから、全国的に昔から存在したことは、明らかですが、かと言ってこれまでの和歌などでは、ついぞ見かけません。
(いつも言うとおり、私の知らないだけのことかも知れません)
ススキは全国にあるようですが、荒地に育つもので関西方面ではそうした荒れ地、手付かずの荒野は人里近くには少ないので、(人里近くでは山の上までみかん畑などで耕されています。)枯れススキは身近にないせいかあまり歌になりません。
関東時代が来てから「枯れススキが月見の風物」として登場し、「俺は川原の枯れススキ」などという歌になるのです。
私が昭和451年から61年まで住んでいた新興住宅地の家では、いつの間にか家の裏の隅の方で、ススキの山(山といえば大袈裟ですが、凄い群れになるのです。)になってしまったことがあります。
家の裏で滅多に行かないで目が届かないと、すぐにススキが繁茂してしまう土地柄です。
話が飛びますが、苗字で最大級に多いのが鈴木と佐藤ですが、鈴木は江戸時代以前には殆ど登場しないのです。
ただし、いつも断っているように、このコラムは私の知っている限りのことで、専門家の分析を読んだわけではありません。
ススキのある風景は、坂東の人にとっては何千年前からの原風景で、遺伝子に焼きついたものでしょうから、明治になって手近な苗字をつけるとなれば、先ずはススキさんが圧倒的支持を受けたでしょう。
西国のように藤(佐藤・須藤・加藤等々)や竹林(武=竹田とか佐々=笹木)橘などは、身近にないのです。
勿論松平などは、みたこともないのですから誰も気づきもしません。
「ススキ」から取った苗字「すずき」への漢字の変換は、きれいに言い変える大ヒット作ですから、明治維新のころ関東平野で直ぐ広まったのでしょう。
このように鈴木姓は、武蔵野が政治の中心になってから、多くなった氏ではないでしょうか?
もしかしたら、もう一方の雄である「佐々木」(笹き)、佐藤は、江戸時代前に多い氏かもしれません。
(西の方では鈴木姓は少ないように思いますが、如何でしょうか?)



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