06/16/05

千葉の歴史28(千葉県人とは17)縄文土器と粘土 1

ところで、今年の6月4日に考古学・発掘現場の先生の講義を聞きに行って思ったのですが、富士山の火山灰である関東ローム層が3〜4メートルもあって、これは、1万2〜3000年前に積もったらしいのです。
火山灰の積もったのは、ちょうど縄文式時代の始まりころからで、これが今のような土になるには相当の年月(5000年とかの単位で)がかかったでしょうから、(以下は私の想像です)日本全国に比べて縄文式時代初期、中期には人が住んでいなかった可能性があります。
やっと人が住めるようになっても、火山灰が3〜4メートルも積もって、長年かかってやっと土になったような土地ですから、当然水田には不向きです。(今でも水はけは良いですよ)
その上、縄文以来土器が発達しますが、このローム層では土器の原料になる土・粘土がないのです。
この時代の土器は、当時で言えば近代化の必需品で、各種道具や屋根瓦などの生活必需品の製作資源(今で言えば石油からなんでも作っているのと似ているでしょう)でしたから、明治維新当時で言えば、石炭や鉄鉱石みたいな戦略資源だったわけです。
しかも当時としては、陶器用の土は重くて運搬に適さないので、(そもそも運搬用の入れ物その他の付帯道具からしてないでしょう)工人と呼ばれる集団が各地の土の取れるところに出向いては、各地の集落の近くで焼いて歩いていたようです。
専門家集団というのは、今でもそうですが、各地を歩いて、(巡業)需要を満たすものであって、一箇所でじっとしていたのでは、いくら都でも供給過剰になってしまいます。
これは芸能人や相撲だけでなく、弁護士でも専門化すれば同じです。
本当に専門化すると、東京にとどまるのでなく全国各地で起こった特殊事件のために飛び回ることになるでしょう。
医療過誤その他特殊事件の専門家と言っても、千葉あるいは東京だけでしょっちゅう事件があるわけではないので、他所の県の事件まで受任するくらいでないと食べていけません。
まして縄文時代の土器については一集落にとっては一回まとめて焼いてもらえば、腐るものではないのですから、10年に1回くらい来てくれれば間に合ったでしょう。
ところが悲しいことに千葉・・・だけでなく関東ローム層(灰が古くなったものです)では、そもそも焼くに適した土があまりないのです。
講義を聞いていると3〜4メートル積もっているローム層を掘ると数センチ(または数十センチ・・・よく聞き取れませんでした)巾の白粘土層があって、そのすぐ下は成田層と言って砂交じりの土になるそうです。
この僅かな巾の土を掘っては、土器を焼いていたそうですから、(それも焼き物にするには最低の粘土です)資源面でのハンデイは大変なものだったでしょう。



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