06/14/05
歴史教育のあり方6(日中・日韓)近所交際のルール2
しかし、中国や朝鮮人はそこまで考えていないのかも知れません。
真実はそうではなく、田舎者が顔を見ると一々「今日はどこへお出かけ?」などと聞くように、ただ小うるさいだけの未成熟な社会意識がまる出しになっているだけではないでしょうか?
それならば適当に「ええ、ちょっと・・」といなして置けばいいのであって一緒になって真面目に答える必要はないでしょう。
ましてや休日にどこのお寺に参拝するか、神社に行くか、ハイキングするか一々お隣に報告し、お伺いするようなものではないのですから、聞かれても目くじら立てて喧嘩することもないし、適当にいなしておくのが筋でしょう。
明治以降は、何ごとでも徳川の政治が悪いといってれば良かった時代でしたし、戦後は何事でも戦前の政治が悪かったと言う風潮の時代でもありました。
そういう時代には、中国や韓国の小うるさい言い分でもそのまま受け入れてきたのでしょうが、次第に戦前も過去の歴史になりつつあるのです。
「いつまでも戦後じゃない」とか、「いつまで謝ればいいんだ」との意見が強いですが、いつまでかの問題でなく、世代が変わってしまい、もう戦前の悪口を言う必要のない世代になってしまったことが大きいでしょう。
徳川初期には前の時代は豊臣政権でしたが、吉宗の時代には、批判すべき前時代は綱吉時代になっていたことを、01/31/04「吉宗以降の幕府 2」のコラムで書きました。
その上、社会状況が大きく変わってしまい、例えば公害・消費者問題・年金・金融その他現在のもろもろの問題について、戦前はひどかったといっても、何の解決にもならず、どうなるものでもなくなったことが大きいでしょう。
こうして、戦前戦中の事実はいまや客観的な歴史時代に入りつつ(完了?)あるのです。
既に日本では前時代だからと、何でも戦前の悪口言ってれば済む時代でなくなっているのですが、そこを中国や朝鮮の人が思い違いしているのかもしれません。
こうしてみると、直前の時代をどうこう批判するのは、本当の歴史ではなく、眉唾で聞かねばならないことが分ります。
中国や韓国がその変化に気づかず、今までどおり「戦前の非を鳴らし」さえすれば、日本人(良識のある?野党)は自分達と一緒に直ぐ賛同すると思っているのかも知れません。
何かあれば、「戦前の過ちを繰り返すな!」と叫んでれば足りると思っている時代遅れの党は、今や息も絶え絶えになっているのはご承知のとおりで、彼らはこれまでと違ってまったく中国の主張に乗れませんでした。
今の日本は「過去の非を鳴らせばいい」社会ではなくなっているのですから、中国、韓国の主張は、 「何時までも他所のことに口を出すうるさい国だ」という受け止め方をされるようになったのです。
以上、不授不施派禁圧の歴史抹殺と最近の日中韓間の歴史問題に絡んで、06/03/05「唯一神信仰と独裁1・・・・多神教の国と合議制1(歴代内閣年表)」のコラム以来書いて来ましたが、これで一応終わりです。
ここで私の基本的な考えをもう一度整理しますと、
1・・・・・・・直前(一世代から50年前)の歴史は信用できない。
2・・・・・・・それぞれ個人個人でもいろんな考えがあるので、歴史観には深く立ち入らずにスマートに付き合っていくのが現在社会のルールである。
3・・・・ましてや国家間においては、意見が違うのはあたり前ですから、お互いにお宅はどんな教育してるの?誰を尊敬しているの?などと問い詰める必要が全くないし、野暮過ぎる
4・・・・なおしつこく聞いて来たら・・・・このときは「相手にしない」
というものです。
勿論「戦犯」なども、考える必要がないのです。
どうしても戦犯を作りたい国は、外交で解決できずに、戦争してしまった自国指導者を対象にしたらどうですか?と言う意見です。
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