06/12/05
戦犯とは?3 (現在の喧嘩両成敗法3 )結果責任2
また、後にも書きますが、何年たっても共通の歴史認識など出来るものではありませんから、その原因を質して善悪を決めて処罰するやり方は、結局強い者の有利になってしまい、正義に反すると思うのです。
私はこうした考えですから、10日の2コラムの最後に書いたように勇ましい発言をする政治家は、一見国民受けはいいでしょうが、最も危険な存在だと思うのです。
もしも、私の考える結果責任・戦犯制度が創設されるならば、勇ましい発言を繰り返した政治家は真っ先に処罰すべき戦犯になるべきです。
戦犯の認定は戦勝国は言い訳がしやすいですから、言い訳を許さず、すなわち是非善悪を問わず、結果責任が公平です。
両国の開戦前半年以上前から発言力のあった100人ないし500人程度まで、それぞれ相手国の被害者の数に比例して戦犯として処刑すべきだという戦犯に関するルールにすべきでしょう。
処刑されるのは、相手国被害者の数に比例して決まるのですから、相手国の方が悪かったかどうかが裁判の争点ではなく、開戦に対するその国内での影響力の序列確認作業だけに限られます。
戦争したこと自体が悪いと言う立ち場から、公平に見れば、勝った方が敗戦国よりも多くの人殺しをやっている筈ですから、戦勝国のほうが機械的に2割程多く処刑されるのを原則として、後は国際機関による被害者の確認作業によって修正されるのが良いでしょう。
今回のイラク戦争で言えば、フセインさんよりもアメリカ軍のほうが誤爆その他の言い訳ですが、(いい訳を聞かずに結果責任主義やるべきです。)多くの市民を殺している筈です。
勝った方が、結果的にその後の刑罰が大きいとなれば、少しでも多くを殺そうとする今の戦争形式が減少し、兵士も戦う意欲がなくなるでしょう。
市街地に鹿やイノシシが現れたときには、睡眠銃で眠らせてから、捕獲していますが、これに似た戦争になるかもしれません。
こうなると、以前、10/09/04「戦争ごっこの提案6(花の戦争)」のコラムで提唱した、花の戦争の現代版・実用版になるかも知れません。
結果責任の発想は無茶な意見のように思う方が多いでしょうが、こうした考えはずっと前から、個人間の犯罪では実用されてきたのです。
個人事件で言えば、相手にののしられたからと言って、腕力の強い方がうっかり手を出さないのと同じです。
今は、どんな理由があろうとも、他人を傷害したら負け・犯罪者となる社会です。
離婚事件でも、如何に妻がののしったからと言っても、夫が手を出したらそれだけで負けです。
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