06/11/05
戦犯とは?2(現在の喧嘩両成敗法2)結果責任1
敗戦国は最初から負け戦のときも、最初のうち勝っていたときも、結果的に全面的に占領されるのですから、人的被害だけでなく建物被害その他敗戦国のほうが被害が大きいのは当然です。
東条英機などの当時の軍部に責任があるのは、明らかですが、一番被害を受けた敗戦国自身が誰がこんなことを始めたんだ?ということで、責任追及するのが本来でしょう。
野球でもサッカーでも負けた方のオーナーやファンが、自分の監督の責任を追及するもので相手チームから責任追及されるものではありません。
わが国民が彼らをさばくなら何ら問題がなかったでしょうが、戦勝国に裁かれたのでは、ほぼ100%の国民が釈然としないでしょう。
今回の元フセイン大統領の裁判は、曲がりなりにもイラクが自分で裁くと主張しているのは、正しい方向だと私は思います。
自国民が裁くだけでは、中国人などの被害者の声はどうなるとなりますが、その考えを押していくと、戦勝国の指導者に対しても同じく、敗戦国被害者が裁けなければ不公平になってしまいます。
そうなるとおたがいに怨恨試合みたいになりますから、結局紛争が残ってしまうでしょう。
それぞれが自分の国の指導者を処罰すれば、不満がなくて公平です。
それでは刑が軽くなってしまう心配を防ぐには、刑を決めておけばいいでしょう。
例えば、相手国被害者の数に合わせて、相手国の死者何人から何人までは、高官の死刑何人、懲役刑何人と数を決めておいて、それぞれの国で、その数まで戦争責任の上から順に執行する責任を負う仕組みです。
日本人の多くはアメリカ軍に焼き殺されたり、原爆で殺されたのですが、それは日本の指導者が誤った政治をした責任であると言い代えて、納得しているのです。(アメリカ軍を恨んではいません)
アメリカも自分の飛行士が不時着した所で日本人に殺されたと言うのは、そうした戦争を始めた自分達の指導者の責任と言い換えれば済むことです。
(日本人の殆どが、そう言う観念で、戦争問題を内面処理している筈です。)
日本では、こうしてお互い様の精神で済ましているのに、外国から自分のしたことを棚に上げて、何時までも戦争責任を何時まででも言い続けられるのでは、日本では不愉快な感情となります。
アメリカは日本に真珠湾攻撃されたから、始めたので自分に責任はないというでしょうが、戦争はそう言う単純なことで起きるのではなく、その前段階の交渉で、それぞれの民族感情のあおり・挑発で徐々に準備されて行った結果、戦争になるものですから、ある時点だけ捉えて正当防衛などという論理はまやかしです。
くりかえしますが、どちらが悪いかの議論は、今の国際社会では不毛です。
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