06/10/05
歴史教育のあり方2(ナチスの罪とドイツの罪)
戦争責任について、「ドイツはきっちりナチスの犯罪を認めているのに日本は・・・・・。」と批判されますが、これも少し違います。
戦前のわが国はドイツと違って民主国家でなかっただけでなく、いわゆる軍部の独走で戦争に突き進んでいったのです。
これまで書いて来た根回し社会と違って、軍部内のガン細胞みたいに皇道派だの統制派だの(東条英機など)がのさばって、言論の自由を弾圧してしまった結果、国民は駆り出される一方で反対のしようもなかったのです。
戦争に批判的な近衛首相の長男が、いきなり召集令状で満蒙の最前線かどこかへ送られて、行方不明になっているという、ドキュメンタリー放送がありました。
平民出身でない名門の近衛家(現職首相)の御曹司でさえ、そんな目に合う時代ですから、一般国民は何の抵抗も出来ず、赤紙1枚で軍部に引きずられっぱなしの時代でした。
今の将軍様の支配する北朝鮮の国民よりも、悲惨だったでしょう。
満州事変以降の戦争は、このように下からの意見に従うという古来のルールをも踏みにじり、意見を聞くどころか、治安維持法で積極的に思想弾圧していたのです。
治安維持法は意見どころか思想まで取り締まったのですから、文字とおり暗黒の時代で、この制度が軍部の独走を許す結果になったのです。
治安維持法については、「06/08/03「治安維持法とは、1」以下の連載で書きました。
これは、06/07/03「天皇機関説事件とは 1」以下連載しましたが、こうした思想弾圧の総仕上げとして、治安維持法が制定されたのです。
ところで、国民国家とか民族国家等の思想は、どこか胡散臭い、指導者に都合の良い思想であると私は従来から思っています。
国民の意見を全く聞かないで政治を行う戦前の体制では、団結と奉仕だけ求める都合のよい、いいとこ取りの思想というのです。
私は、仮に為政者が国民の意見を聞いてくれるとしても、そうした偏狭な民族意識や愛国心などは百害があると思うのです。
民族感情に火をつけるやり方は、為政者が自分の内政失敗を隠蔽し、自己保身に、便利な思想です。
なんか自分の地位が危うくなると、国民の目をそらすために、国境問題や、外交問題をことさらに持ち上げて、国民の目をそちらに向けさせる作用があるのです。
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